「?」始めは軽い違和感だった。
広大な公園のなかに時折何か少し様子の異なる存在が感じ取れた。私は当時3~4歳。
まだ幼かった。何度も立ち止まっては周囲をキョロキョロ見回す私を、両親と祖父母が早く着いてくるよう促す。
花見のシーズンであるにもかかわらず、公園内はそれほど混雑していなかった。花曇りの穏やかな天候のなか、満開をむかえた桜をゆっくり散歩がてら眺めるのにちょうど良かった。
だからこそ、より目についてしまったのかもしれない。ゴザの上やベンチに座ってくつろぐ花見客の間に、ただ突っ立ってたり、石垣や柵に寄りかかってたりして、ジッとたたずむ不思議な存在を。
彼らは死者だ。なぜか私はそう思った。
しかし当時の私の年齢では、死というものの概念をしっかり理解できる程成長してはいない。それゆえに私はただ、なんの恐れも抱かずに彼らの異常な姿に目が惹かれてしまったのだ。
ある者は頭が半分以上吹き飛んだ状態で立ちすくみ、残っている両目が互いにあらぬ方向に向けられていた。別のある者は、右腕から肩にかけて引き千切られたようで、剥き出しの関節から黄褐色の潰れた骨が覗いていた。
削り取られた肌から肉が剥き出しになっている者、半身が真っ黒に焼け焦げ、焼け崩れた頬からニヤけているように歯並びが見える者・・・・。一見まともなように見えるが、首が捻れ、白目をひん剥いた状態でたたずんでいる女性。
残虐極まりない光景であったが、そのせいなのか、それとも私自身が幼かったせいか、特に恐ろしさはなく、その姿の異常さ事態に無邪気に純粋に興味を持ち、立ち止まってはそれを珍しげに眺めていたのだ。「何みてるの?」母は尋ねた。
「・・・・わかんない・・・・」こう答えるしかなかった。そうであろう。
当時の私では今目にしている状況を言葉で正確に説明出来る能力は無い。私は母に手を引かれながらも、自分の周りの”彼ら”に目線を向け続けた。
生きているとは思えない・・・が、なぜか彼らには人格や意思の存在があるように思えた。しかし、何かを訴えているようには見えない・・・ただ一様にそこにたたずんでいる。
そうしているうちにも、彼らの存在は少しずつだが、徐々に増えていった。今や公園内のあちこちに彼らはいる。
座っているもの。立ちすくんでいるもの。
生きている人間とさほど変わらない姿の者もいたし、肉体が激しく損傷している者も多かった。彼らは特に苦しんでいる様子でもなく、怒っているわけでもなく、恨みや憎しみを抱いている様子もなく、空ろな目をしたまま只そこにいた。
存在していた。私はなにやら重圧を感じ始めていた。
時々彼らと目線が交錯するようになった。しかし彼らはそれでも私に対して何かを訴えかけたり語りかけたりするわけではなかった。
終始無言。その沈黙が重圧となってゆく・・・。
私はどうしたらよいか、分からなくなっていた。「モタモタしてないで早くいらっしゃい」母の声だ。
「どうしたのかい?お腹へったのかい?それともトイレかい?」祖母の声だ。しかしその声はなにやらボヤけ、遠くからくぐもって響いているようだった。
彼らはその数を益々増やしている。一度目を逸らして再び視線を戻すと、今まで誰もいなかったその場所に新たに彼らが出現している。
座ってうつむいている者・・・背中全体がケロイド状にヤケドして黄色く濁った膿が垂れている。柵に寄りかかって仰向けに天を見上げる者・・・胴体が潰れ、口元から血が泡のように吹き出ている。
足元には、何者かの引き千切られた生首が転がっていた。「どうしたの?いったいなんなの?」母のその叫びが、記憶の最後だった。
目が覚めた時は病室だった。3日たっていた。
あの時母が声をかけた直後、私はその場に昏倒したという。父が抱き起こしたが意識が無かったらしい。
結局、救急車で病院に搬送された。意識不明。
医師も「原因は良く分からない」と言う。確かに体に異常があるわけでもなく、高熱を発したわけでもなかった。
ただ昏々と眠り続けた。夢も見なかった。
以降、こうした物は見ていない。