とある住宅街での話。
専業主婦のAさんは、その日もベランダで洗濯物を干していた。つい最近改築したばかりのAさん宅はベランダも広く作ってあり、洗いたてのシーツやタオル、ワイシャツなどが風にはためいてなんとも爽やかな風情だった。
洗濯かごを片付けようとしたAさんは、ふと真向かいのアパートに視線を向けてため息をつく。また、見える。
Aさん宅二階のベランダからほぼ丸見えになる位置に建っているアパートの一階には若い男が住んでおり、その部屋の窓は全開。しかもTシャツにトランクスという自堕落な格好で窓際のベッドに寝そべっている。
正直、見苦しい。夏に限らず、部屋にいる時のその男は大概窓を開け放してだらしない格好をしているので、ベランダにほぼ毎日洗濯物を干すAさんにとっては目障り極まりない。
Aさんは嫌なものを見るような目でその男を睨みつけ、室内に戻るなりカーテンを閉める。学生らしいその男が出かけている時以外は、ほぼそんな感じの繰り返しだった。
ある日、Aさんが洗濯物を取り込もうとベランダに出ると、洗濯物を干す時にはいなかったその男がベッドに寝そべっている。どうやら帰ってきたらしい。
内心舌打ちしたいような気持ちでベランダに出たAさんは、毎度のごとく嫌そうな視線を男に向けた。どこかに行け、といわんばかりに。
その瞬間。ぶんっ、と音でもしそうな凄まじい勢いで男が首を巡らし、Aさんを睨み付けた。
ベッドに寝そべったままの姿勢で、不自然な角度で首を浮かせながら、ものすごい目で。声もなく固まるAさんの見ている前で、その男の唇がきゅーっ、と笑みの形につりあがった。
ニタニタと口元だけで笑いながら狂気のような目でAさんを凝視する男。まばたきすらしていない。
「………っ!!」声にならない叫びを上げ、洗濯物も取り込まずに室内に駆け込むAさんの背後で「ゲハハハはハハはッ!!」とキチ○イじみた笑い声が、確かにした。