洒落にならない怖い話を集めました。怖い話が好きな人も嫌いな人も洒落怖を読んで恐怖の夜を過ごしましょう!

  • 【洒落怖】お葬式

    2023/08/23 18:00

  • 数年前、夜の12時頃に、そのころ付き合ってたSから電話が掛かってきた。

    せっぱ詰まったような声と口調で、話の内容がイマイチ理解出来ない。外にいるみたいなんで、取りあえずウチまで来い、と言った。

    Sはタクシーでやって来た。普段は滅多に使わないのに。

    部屋に入っても、なかなか座らないで落ち着かない様子。ゆっくり話してみ、と促すと、Sは自分で煎れた茶を飲みながらこんなことを語った。

    仕事を終え、飯を食べて、自分の部屋に帰り着いたのが11時30分頃だった。焼き肉を食べたので一刻も早く風呂に入りたかった。

    玄関に荷物を置くと、電気も点けずに風呂のドアを開ける。途端にモワッと煙りのようなものが顔に。

    スイッチを探る手が止まった。湯船が黒い布で覆われている。

    その上に──白い花束、火の点いたロウソクが数本。線香の煙と匂いが充満する中央に、額に入ったモノクロ写真。

    ロウソクの灯りに浮かび上がる白い笑顔。その目が背景と同じ黒に塗り潰されている。

    数瞬の思考停止。やがて足が震えだし、次々と頭をよぎる疑問。

    葬式?誰がこんなことを?いつのまに?何のために?どうやって?鍵は掛かっていたし、窓は…閉まってる。となると、これをやった人は今どこに─その時、押入の方から微かに聞こえてきた。

    暗闇の中、サラ…サラ…と紙を一枚ずつ落とすような音。反射的に体が動き、気が付くとバッグを引っ掴んで外へ。

    国道まで無我夢中で走ってそこから電話をした。途切れがちで断片的な印象ったが、Sの話を纏めると大体こんな感じだった。

    「泥棒だったらどうしよう…。そう言えば火事も心配だなぁ」そこで、二人して彼女の部屋に行ってみることにした。

    用心のために鉛管を持って。2階建てのアパートの2階。

    階段を上がって部屋の前に立つ。音は聞こえないし何の気配もない。

    ドアを開く。鼻をつく線香の匂い。

    電気を点け風呂へ。風呂場は聞いた通りの光景だった。

    ただロウソクと線香の火は消えている。遺影の目は墨のようなもので塗りつぶされていた。

    粗雑で子供の塗り絵のようだった。「わああああああああ!!」背後で悲鳴が聞こえた。

    風呂場を出ると、Sが開いた押入の前で口に手を当てて固まっている。押入の上段から大量の髪の毛が床にこぼれ落ちていた。

    半端な量ではない。床に落ちた髪だけで大人一人分どころではなかったと思う。

    Sは惚けたように立ち尽くしていた。なぜか片足が円を描いている。

    ちょっと洒落にならないということで俺の携帯で110番した。「あれ、髪の毛が落ちる音だったんだ…」後ろでSが呟いていた。

    警察が来るまで何度も何度も。部屋から無くなっていたものは何もなかった。

    風呂場と押入以外の場所が荒らされた形跡もない。そのせいか、警察は聴き取りしただけであっさり帰ってしまった。

    指紋とかを調べるのかと思ったが、そんな事はしなかった。ただ、風呂場に置かれていたもの一式と大量の髪の毛は、Sのものではない事をしつこいくらい確認してから全部持っていった。

    翌日からSは俺の部屋に泊まるようになり、それから半月ほどで俺たちは別れた。一緒にいる時間が増え、互いの嫌な所が見えてきた、というのもあったかもしれない。

    けれど、あの日以来、Sは明らかに変わってしまった。不機嫌でふさぎ込みがちになり、一日に一度は突然泣き出してしまう。

    仕事も休みがちになった。何を食べても味がしないと言って食事を抜く。

    夜中に目が醒めると、Sはテーブルの前に座って鏡を見つめていることもあった。別れてからのSのことは、同僚だった弟を通じて耳に入ってきた。

    日に日におかしくなるSを、家族は病院へ連れて行ったらしい。検査の結果、癌が見つかった。

    発見時にはすでに手遅れで、一月と経たずSはこの世を去ってしまった。一応葬儀には出席した。

    段の上の方にはニッコリと笑うSの遺影があった。鮮やかなカラー写真は、風呂場で見た遺影の陰鬱とは似ても似つかない。

    遺体の顔も拝んだ。思いの外ふくよかで肌も綺麗だった。

    ただ、それは「葬儀屋の修復テク」のせいだと後で聞かされた。「姉ちゃん、ゲッソリ痩せてたのに、綿詰めて化粧したら元気そうに見えるんだもんな」説明しながら、弟はちょっと涙声になった。

    「カツラも着けてもらってさ、薬の副作用で髪の毛ごっそりと抜けちまってたのに…」警察が来るまで呟いていたSの言葉が耳に蘇って、少し震えた。