曇り空の初夏のことでした。
私はいつものように夜のジョギングに出かけました。外は曇天によって月が遮られ、ただ街にあるお店や街灯の明かりだけが辺りを照らす。
少し外れの方に向かうとそこはもう暗闇に包まれるようなそんな天気。辺りの空気は暖かく、湿度を帯びていて、かといって熱帯夜のように息苦しいくらい暑いわけでもなく、生暖かいという表現がぴったりとはまる。
正直なところ、こんな日くらいジョギングを休んでもいいだろう、ということは考えました。当時、私の走っていたジョギングコースは30分程かけて街のはずれにある神社へ行き。
神社の階段を上り、そこで月を眺めながら呼吸を整えまた30分の道のりを帰る。そんな道程をコースにしていたのですが、その日はあいにくの曇り空。
神社の境内から眺める月が好きだった私としてはあまり行く意欲は湧かなかったのですが、かといって、ここで走るのをやめたら負けかなと思って幾分か迷った末やはり走ることを決めたのでした。神社へ向かう道中、大体20分ほどの道のりを走るとほとんど街の明かりが見えなくなってきます。
あるのは点々とたてられた街灯の明かりだけが続き、星も月も雲に隠され真っ暗なこの気候では、このままどこまでも道が続いているような、真っ暗闇の中、永遠に道を走りつづけなければならないような、そんな錯覚に襲われます。時々、後ろを振り返れば街の明かり。
それを確認しながら走ることで、暗闇にかき立てられる妄想を打ち消し、目標の神社を目指して走りました。神社へ向かう道のり、不毛な妄想に少し怖い思いはしたものの、神社の階段下までは無事に到着したのです。
ですが、問題はそこからでした。その日、何度もいうように曇天で月や星の明かりは無く、また、神社の階段とその上には街灯等、明かりになるものが無いため、階段下にある街灯から先は真っ暗な闇しかありません。
ただ単純に暗闇に入っていくのは怖いということもありましたが、それ以上に暗闇に誰か潜んでいたりして襲われてはたまりません。(というのもやはり暗闇に入りたくないという事を自分に納得させるための言い訳だったのかもしれませんが。
)そこで、いつもなら神社の上まで走ってあがっているところを、その日は上がらずに帰ろうと思ったのです。そのまま走る方向を街のほうへかえて走り始めました。
・・・・・・少なくとも私はそう思っていました。\"階段の一段目\"に躓くまでは・・・・確かに、自分は町のほうへ向かって走り始めたはずなのに。
気が付くと、階段に向かって走り出していたのです。普通なら、絶対にありえないと思うのですが、実際に自分で街に向かおうとしていたのに・・・・・私は怖くなって急いでその場を後にしようと走り出しました。
急いで走り出した私の足元はまた何かに躓きました。今度は解けた靴紐が原因でした。
おそらく、解けた靴紐を自分で踏んでしまったのでしょう。ただ、そこでしゃがみこんで靴紐を直すのは怖かったので、靴紐は解けたままにして走り去ろうとしました。
再び走り始めようとした私の耳元に生暖かい風が吹きます。その風の音の中に『またきてね』そんな言葉が混じっていたのは、私の気のせいでしょうか?私はそれ以来走るコースを全く別のものにしました。
3年経った今でも、あまりその神社には近づきません。(最も、地元から離れてしまったというのも理由の一つではありますが。
)皆さんも夜の暗闇と神社周辺にはお気をつけ下さい。