M県Y市T病院。
今から35年前の、梅雨時の晩の事である。夜勤に当たっていた新人看護婦M子は、1年先輩のHとナースステーションにいた。
その頃M子は独り暮らしをしようと考えており、Hに部屋の家賃の事や家具の事を相談していたという。時間は午前1時半。
前日22時の巡視が終わり、次の巡視まであと30分というところだった。突然、ナースコールが響いた。
どこからのコールなのか、パネルを見て確認する。するとどうした事か、ナースコールは半年前に閉鎖し、廃病棟となった西棟から掛かっていたのである。
西棟は電気はまだ通っているが窓は塞がれて、外来に使われていた玄関にも鍵が掛けられている。ナースステーションから鍵を持ち出さない限り、人が入る事は出来ない。
2人は戦慄した。しかし病棟の管理の事もあり、見回りに行かなくてはならない。
Hがあまりに怖がるので、多少楽天的で活発な性格をしたM子が見回りに行く事になった。ナースコールは西棟の1階、112号室から。
M子は懐中電灯を片手に、半年前までのこの病棟の様子を思い出しながら112号室へ向かった。少し立て付けの悪いドアを開ける。
すると不思議な事に、病室から薄ぼんやりした灯が廊下に溢れた。病室の裸電球が点いていたのだ。
風もないのに、電気の紐が揺れている。全く無気味である。
M子はもうシーツやマットを取り除かれ、冷たい鉄パイプと板だけになったベッドの上に、妙な物が置かれている事に気付いた。古ぶるしい木の箱と、聖書。
木の箱には臍の緒が入っていた。