この話はアルバイトを通して親しくなった森脇さんという人が、休憩室で時間を潰していた時に、私に話してくれたお話なんです。
普段はひょうひょうとして、人を笑わせたりおもしろい話をする森脇さんなんですが、この日はやけにマジメな顔をして、私に話をしてくれたんです。この森脇さんは東京の下町生まれです。
森脇さんがまだ小学校の1年生の時。季節は夏、そろそろ夏休みが終わる頃でした。
住んでいる場所の近くに、広い空き地があったんです。夏草が4、50センチも生い茂る、広場だったんです。
その草が生い茂る広場に、いつの間にかコンクリート製の下水管が置いてあったんです。下水管の大きさは80センチ、長さは3メートルほど。
それが、ふたつ、空き地に置いてあった。もともと、その空き地は子供の遊び場だったんです。
あらたに下水管があったもんだから、子供には絶好の遊び場になったんです。その中に入ったり、上に乗ってジャンケンしたり、落としっこして遊んだんですね。
その日の夕方、いつものように森脇君が遊びに行ったんです。すると、ふたつある下水管の中のひとつに、カッちゃんという森脇君の友達がひとりでいたんです。
その中に丸くなって、膝を抱えて座っている。森脇君は、「あっ、カッちゃん来てたんだ」そう言って自分も一緒に中に入ったんです。
下水管の中は狭いけど、小さな子供ですから、簡単に入れて一緒に座れたんですね。でも……なんとなくカッちゃんは元気がない。
いつもはすごく活発で、暴れ回っている元気者のカッちゃんが、なぜだかその日は、やけに暗いムードを漂わせて異様に静かなんです。森脇君がいくら話しかけても、ほとんど返事もしないで暗い顔をして、膝頭を抱えたままうつむいているんです。
森脇君は、『なんか今日は変だな?』そう思って話しかけるのをやめたんです。下水管の中にいると、かなり暗いんです。
暗い空間から外を見ると、丸い世界が切り取られたように見えるだけです。外はもう夕日が見えて、次第に暗くなる時刻です。
日が暮れてくるから、森脇君は家に帰りたくなったんですね。でも、元気のないカッちゃんが気になるから、帰るに帰れない。
そのとき……無言のまま、うつむいていたカッちゃんが、突然に顔を上げたんです。ビクッ、と痙攣したのがわかったんです。
そして森脇君のほうを恐ろしそうな顔で見ている。ギクッ、としたんです。
こんな恐ろしそうな、怯えた顔をしているカッちゃんの顔を見るのは、初めてだったんです。でもよく見ると、カッちゃんは自分を見ているのではない、って気が付いたんです。
カッちゃんは自分の向こう側を見ていた。「どうしたの?」森脇君も反対側のほうを見たんです。
今度は森脇君が、ビクッ、と恐怖の顔になった…。その丸い下水管の外。
丸く見える空間に、逆さになった女の顔があった。上から顔を逆さにして、こちらを覗いていた。
顔は暗くてよく見えないが、長い髪の毛を垂らしている。ふたつの目だけが光って見える。
その長い髪が風にそよいで、ユラユラと動いている。森脇君は凍りついてしまった。
でも、逃げ出すことも出来ないから、そのまま怯えたまま、逆さになった女を見ていた。すると下水管の中で、女の声が響き渡った。
「見つけたよ………」その声に、森脇君の背筋が凍りついた。今まで身動きもしなかったカッちゃんが、「ウワーッ!」突然叫んで、下水管の反対側から逃げ出した。
森脇君も逃げ出したいけど、自分のほうには女の顔がある。逃げ出したくてもそっちには逃げられない。
カッちゃんが逃げ出したほうへ、森脇君も慌てて四つん這いになって逃げた。「ギャーッ!」叫びながら下水管を抜け出して、一目散に逃げ出したんです。
下水管を出たら、カッちゃんは凄い勢いで夏草の生い茂る草むらを“バサバサッ!”と、かき分けて逃げて行く。森脇君も必死でカッちゃんの後を追いかけていったんだけど、とても追いつけない。
「カッちゃーん、待ってぇーっ!」叫んでもカッちゃんは止まってくれない。すると自分の後ろから、女が髪の毛を振り乱して凄い勢いで、“ザザーッ!”草音を立てて後からドンドンと迫ってくる。
もう、怖くて仕方がない森脇君。「カッちゃん、助けてーっ!」泣き叫びながら逃げる。
でも、森脇君の背後には、女が髪を振り乱してドンドン迫ってきている。泣きながら走っている森脇君は、『もうだめだぁ』って思った幸運にもその時大声にきづいたパトロール中のお回りさんがきてくれて森脇君は泣きじゃくりながら抱きついた恐る恐る森脇君は後ろを振り返った、でももう何もいなかったそうです………