俺の友人Iが、就職して一人暮らしを始めたばかりのころの話。
Iは、最近どうも金縛りにあうので、寝不足でたまらないと言う。その時俺は疲れてるんだろうと一蹴したのだけれど、しばらくしてまた会った時にIがあまりにやつれた顔をしていたので心配になった俺は愚痴を聞くつもりで詳しく話を聞いてやった。
だが、仕事や普段の生活面では問題はほとんどないらしい。疲れて金縛りにあうというよりも、金縛りにあい続けるせいで疲れていっているようなのだ。
「なんかさー、幻聴?人の声とか、足音みたいなのが聞こえてくることがあるんだよね」「マジ?やばいじゃん!それぜってーユーレイだって!」周りの友人たちは面白がって適当なことを言っているが、当人は笑っていられる状況じゃない。Iはあまりそういうのを気にするタイプではなかったのだが、この数週間がよっぽど堪えたのか悲壮な顔で俺に縋ってきた。
「なあ、おまえさ、実家が神社だったよな?!」「母方のじいちゃんちね、俺は関係ない」「でも、ちょっとはわかるんだろ?!頼む!一日でいいからそばにいてくれ!」あまりに必死な様子にかわいそうになった俺は、仕方なくその日Iの部屋に泊まることにした。部屋に入ってすぐに、気休めにでもなればと思って清めの水(水道水)を撒き、塩を盛った。
俺が知ったかぶって講釈を垂れてやると、Iは安心したのかかなり落ち着いた様子だった。だが、ぐっすりと眠りに落ちたあとのこと。
俺は突然の奇声に安眠を妨害され、飛び起きた。「あーーーーー、あああっ、あああ」苦しげというのでもなく、気の抜けた声を上げ続けているのは、隣で眠っているIだ。
俺は驚いてIを揺さぶり起こそうとした。「おい、どうした?I!」「あーーーっ、ああ、あーーー」返事はなく、ただ声を上げるだけ。
俺はIがおかしくなったんじゃないかと思って必死で起こそうとしていた。その時、ふと視線を感じてきょろきょろと辺りを見回した。
でも当然誰もいない。俺はだんだん気持ちが悪くなってきた。
Iの様子はもう尋常じゃないし、視線もびしびし感じる。やばい、マジでそっちかよ!と、俺は非常に焦った。
何か役に立つものはないだろうか、と考え、俺は台所にダッシュして米を探し出すとIの体に思いっきりぶつけた。(本当は洗わないといけない)これが効いたのかなんなのか、Iは声を上げるのをやめて今度はびくびくと痙攣し始めた。
俺はどうすればいいのかわからずに、とりあえずがっちりと手足を押さえつけた。痙攣はなかなか治まらなくて、俺は他に何かあったかな、と懸命に頭をめぐらせた。
「とおかみ…え~っと、祓い給え清め給え!」大部分を忘れてしまっていたが、これが効いたのか痙攣は徐々に治まっていった。俺はほっとしてIを元通り寝かせてやる。
すると、Iが泣いていることに気づいた。泣いていると言っても、表情は落ち着いたもので、ただ涙だけがぼろぼろと流れているのだ。
そこで俺は紙でヒトガタを作り、Iの名前を書くとそれでIの体を撫でながら「掛けまくも畏き……」と、有名な祓詞を唱えた。(これはなぜか覚えていた)Iの涙は止まらなかったが、とにかく俺に出来ることはすべてやった。
疲れきった俺はいつの間にか眠ってしまったらしい。Iの枕元に突っ伏したまま翌朝を迎えていた。
Iは相変わらずやつれているものの少しすっきりした顔だった。「昨夜はどうだった?もう大丈夫そうか?」「うん、なんか調子はいい。
体を押さえつけられるみたいな感覚はあったけど」それは俺だ。俺はなんとなく昨夜のことを教える気になれなくて、不思議がるIを誤魔化して散らかった部屋を掃除し、一刻も早く部屋を出ることを勧めた。
Iは渋ったが次が見つかるまで俺の部屋を半分使うということで話はつき、その日のうちに部屋を出た。その部屋で過去に何があったか……という事は、あえて調べたりはしなかった。
少なくとも、Iはあれ以来金縛りにあっていないらしいから、それで解決したと思うことにしている。