子供のころ、よく川原で遊んだが、決まって雨がふり出した夕暮れどき、対岸の葦のあいだに男の子がぽつんと独り、黄色い傘をさしてこちらを見ていた。
いつも決まって雨がふり出した夕暮れどきだ。だれもその子の名を知らず、そこでしか見たことがない。
おれはそのまま地元で成人し、家族を持った。都会に出た仲間を羨ましく思うこともあったが、たまに彼らが戻ってくると、必ずおれに「おまえが羨ましいよ」と言う。
田舎暮らしもそれほど悪いものじゃない。しずかに日々が過ぎ、子供も来年は小学生になるはずだった。
ある夕方、おれは長男をつれて川原に遊びにいった。危険なので、独りでは川に近づくな、と教えていた。
ふり出しそうな曇天の下、土手の上から川原を見ると、おれの子供のころとほとんど変わっていない。長男は川原の小石を積んでピラミッドをつくったり、浅瀬のみずすましを追いかけたりして遊んだ。
案の定、ぽつりぽつりと、雨が降り出した。おれは用意してきた折りたたみ傘をひろげ、「帰るよ」と長男に声をかけた。
長男はうなずき、おれの傘の下に飛びこんできた。家に戻ろうとすると、長男がじっと川原のむこうを見ている。
おれもそちらを見ると、対岸の葦のあいだにぽつんと独り、黄色い傘をさした男の子がこちらを見ていた。おれは子供のころを思いだしかけた。
子供のころに見た男の子の表情は、服装は、クツはどうだったか。対岸の男の子は目を無表情に見ひらいたまま、口もとだけで笑った。
長男は男の子をじっと見ている。おれは、長男を抱きかかえるようにして、川原をあとにした。
その晩、長男は少し熱を出して寝込んだ。眠るとき少しむずかって、おれと女房のあいだに入り込んできた。
明け方、なにかの物音におれは目を覚ました。部屋のふすまが開いていて、隣の布団で寝ていた長男の姿が見えなかった。
廊下に出てみると、玄関のドアも開いている。表に出てみると、夜明けまえの薄明のなか、道のはるか先を長男が走っていく。
「○○!」おれは長男の名を呼んだ。だが長男は振り返りもせず走っていき、すぐに姿が見えなくなった。
おれは全力で長男の後を追った。長男は川原の方にむかったのだ。
夜露にぬれた土手を駆けあがると、朝霧のなか、いつのまに川を渡ったのか、対岸に長男の姿がみえた。おれは長男の名を呼ぼうとした。
そのとき霧が流れ、長男の隣に男の子が独り、立っていているのに気づいた。男の子は黄色い傘をひろげると、長男と一緒にその傘をさした。
ふたたび霧が流れ、二人はそのなかに姿を消した。おれは長男の名を叫びながら、明け方まで川原を探しまわったが、その姿をみつけることはできなかった。
その後、警察と地元の青年団などが総挙げで捜索にあたってくれたが、今日に至るまで、長男の行方は不明のままだ。