私は夜に良くランニングをするのですが、そのコースというのが田舎町なので田んぼと田んぼに挟まれた、たまに野ウサギなんかも飛び出てくるような田舎道なんですね。
当然街灯も点々としか無く、道明かりは月影と近くの町の灯に頼るような、そんな寂しい道なんですよ。ある秋の日、その日はまさに中秋の名月と言うべき綺麗な月に恵まれて、ほんとにまるで夜空に電気を付けたような明るさの中、いつもより楽しい気分で走っていました。
当然頃は秋だったので道の両端に広がる田んぼには刈り終わった稲を円筒型に組んで干してあるんですよ。で、そんな景色の中を走ってたんです。
でも、その日に限って何か様子が違うんです。空気が違うと言うか雰囲気が違うのか…。
何が違うのかなぁなんて考えてたその時。「はぁぁ…」と大きな溜め息が聞こえたんです。
おかしいです。自分一人しか走ってない道で溜め息など聞こえていいわけない。
「お?空耳」わざとらしく心の中でつぶやき少し足を速めました。しかしまたしばらくすると「あぁーあ…」「…そ」「…なこと」今度は鳥肌が立ちました。
自分一人しかいないその道で誰かと誰かが話している。そんな事あっていいわけがない。
冷たい汗がだらだらと垂れ流しになりながらかなり速く足を進めました。何者が何処で何を話し合っているのだ。
こんな月夜にこんな場所で。だいいち自分は走っている。
同一の二人の会話などいつまでも聞こえていようがない。そう思ったとき不意にふと田んぼの中に目をやりました。
そして次の瞬間、もう殆ど全速力で半泣きになりながら走りました。その目線の先に決して見てはならない光景があったからです。
私がそれまで稲を重ねて作った円筒だと思っていた物が全ていつの間にか装束を着た大男になっていたのです。名月を愛でながら話し込む大男達。
私は絶対に気付かれてはならない。恐怖に足を捕られながらも近くの町まで全速力で走りました。
そして友人の家に駆け込み事情を説明して車で家まで送って貰いました。当然友達も家族も誰も信じてくれませんでしたが、昔おばあちゃんが言ってた。
「田ぁの神さん」の話を思い出しました…。次の朝、農家の人が何事もなかったかのように稲を組み直していました