自衛隊のレンジャー訓練に参加していたときの事を、お話させていただきます。
その訓練は、2名一組となりコンパスと簡単な地図をもって、あらかじめ定めた要所を徒歩で巡回していくというものでした。まず最初に、コンパス上の方向と距離を記入したメモが渡されます。
そして、その案内に従って進んだ先の地点に、次なる目標の方向と距離を書いたメモが隠されている、という内容の訓練でした。最後の要所に到着した時は、昼前に開始したにもかかわらず、もうすっかり日が落ちて午前1時をまわっていました。
近くまで来たものの迷ってしまい近所の灯りが点いている家に訊ねたり(ご迷惑をおかけしました)して、なんとか辿り着きました。そこは神社でした。
手前に大きな池があり、時計回りに続く参道を通って入口の鳥居の前まで行きました。ふと、左横を見ると奥行き10メートルくらいの行き止まり(車が反転するためのもの)がありました。
私は、その奥にも何かしらの祠があるような気がして(メモが隠されているため)立ち止まって薄暗いその道にむかい目をこらしていました。すると、突然、5メートルほど前方の何も無い空間から、「ちがうちがう…」と幼い子供の声がしました。
もちろん、周りには私達以外、誰もいません。『?』と思っているのも束の間、「怖い怖い…助けてぇぇぇぇ…」という声とともに見えない声の主(強烈な存在感)が、私達の方に迫ってきました。
「身の毛もよだつ」とは、まさにこの事でした。私は、一緒にいたバディーの腕を掴んで、一目散に神社の鳥居に向かいました。
疲れている彼は、「どうしたん?」と迷惑そうでしたが、どんどんと迫り来る声が私を急きたてました。鳥居をくぐった瞬間、後ろのほうで「ううぅぅ……」となんとも恨めしいような、寂しいようなうめき声がしていましたが、中へは入れないようでした。
結局、帰りにそこを通るのは、非常に躊躇われたため反対側の斜面から抜け出ました。今でも、あの時の寂しそうな声が、耳について離れません。
訓練を深夜に終了した、私達は午前9時頃まで車中で仮眠をとった後、約1時間の移動を経て、駐屯地に来隊しました。早速、後片付けなどを行い、連日の訓練で怪我などをした者達の休養の時間となりました。
私のバディーは足のマメが破れてひどい状態になっていたので食堂に行くついでに、医務室に向かいました。大きなグラウンドを横切り、隊内道路の交差点にさしかかった時、それは、おこりました。
交差点に設置してある「一旦停止」の標識が風も無いのに大きくゆれているのです。その振幅幅は、最大で30センチほどで、まるで、何者かが根元を掴んで揺すりつづけているかのようでした。
その異様な光景にあっけにとられながら、「おい、標識が激しく揺れているぞ、何だろう?」とバディーに言いましたが、彼は痛みゆえそれどころではないらしく、まったく気にも留めません。そのまま、いぶかしながらも横目で見ながら通り過ぎました。
すると、今度はなんと、さっきまで標識だったところが薄い青色のジャージをはいた、恐らく隊員らしい人物に変わりました。よく見ると、頭からおびただしい量の鮮血を垂れ流したまま、こちらをジッと見つめるのです。
いや、睨みつける、と言ったほうが正しいかも知れません。とにかく、その、あまりの形相に私はその場に立ちすくんでしまいました。
その時間は永遠に続くかと思われるほど、大変な恐怖でした。しばらくすると、しだいにその姿が薄れはじめ、パッと画面が変わるかのように眩しい初夏の昼下がりになりました。
その出来事が、まるで嘘だった、かのようなとても平和に満ち満ちた、暖かい景色に戻ったのです。この体験のあと、どうしても気になりましたので因縁について調べました。
すると、この出来事が起こる約15年ほど前に、すぐ横の建物の3階から酔った隊員がテラスから転落するという事故があったそうです。そして運の悪い事に落ちたところに丁度、石碑のようなものが有り、頭がパックリと割れて死んでしまった、との事でした。
私がみた幽霊の特徴を話すと、「きっと彼だな。何か言いたかったのかも知れんな」と、先輩隊員がポツリともらしたのが、大変印象的でした。