洒落にならない怖い話を集めました。怖い話が好きな人も嫌いな人も洒落怖を読んで恐怖の夜を過ごしましょう!

  • 【洒落怖】ききょうの間

    2024/02/27 21:00

  • 1998年8月、お盆休みに当時高崎に住んでいた友人と連れだって、ドライブに出かけた。

    特にあてもなく、関越を水上で降りて利根川の源流や尾瀬を抜けて日光等々、ふらふらと。午後になり、さて宿をどうするかという段になった。

    当時、月2箇所ぐらいのペースで出張のある仕事に就いていた私は、前日当日に宿を取るなど朝飯前と自負していた。ガイドブック片手に携帯であちこち電話をしたが、時期はお盆の真っ最中、しかも週末とあって、近場の温泉宿は殆ど満室。

    友人にうそぶいていた私の額に、うっすらと汗が浮いてきた頃、○神温泉の文字が目に入った。当時この名前を知らなかった私は、「ここはマイナーだろ」と思い、とりあえず目に留まった一軒の宿に電話した。

    名前は○○荘。ホテル~や~旅館など器の大きそうな宿にことごとく振られていたので、この名前が真っ先に目に付いた。

    電話には番頭格らしき中年男性が、比較的丁寧な物腰で出た。「これから2人なんですが、空いてます?」「え~っとですね、う~ん、少々お待ち頂けますか?」対応は微妙だった。

    1分近く待たされ、こりゃ次あたるかと電話を切ろうとした時、「もしもし」と、先ほどとは別の中年女性が対応に出た。「今どちらですか、一応、手狭になりますが一部屋ご用意できますが」「1時間ほどで着けると思います、お願いします」日も傾きかけてきていた。

    即決だった。宿は案の定古かった。

    歴史を感じさせるなどという情緒などなく、築20~30年くらいの単なる古びた2階建ての宿だった。2階の突き当たりにある「ききょうの間」という部屋に通された。

    6畳間に2畳程の板間とトイレが付いた、本当に狭い部屋だった。おそらく、普段は従業員が使用してる部屋なのだろう。

    仲居さんは、しきりに「すいません」と繰り返していた。風呂は以外にも広く、温泉はかけ流しだった。

    「だろっ」っと、ほくそえんだ私を見て友人は「まあまあだな」と笑った。朝が早かった為、夕食のビールが効く。

    途中トイレにたつと、2人の仲居さんが私を見て立ち話を中断し、妙な愛想笑いを浮かべた。睡魔が程よく回っていた為、さほど気にしなかった。

    友人の驚異的な大イビキで目が覚めた。部屋の明かりは友人が消したのであろう。

    さて、寝たのは何時だったのか…ぼ~っとした頭で考えて、さぁもう一眠りだと思うが、隣がうるさい。「んっ?」と思った。

    右手に板間がある位置のふとんで寝ていた私は、仕切りの障子が開いていることに気づいた。何故か気になる。

    普段ならどうでもいいことが、何故か気になる…「閉めなきゃ、閉めなきゃ」と何故かしきりに思っている。体を起こそうとした瞬間、金縛りにあった。

    幼少の頃から疲れたとき、金縛りにあうことには慣れていた私は、「またかよ」とうんざりしながらも、少しづつ気合を入れて解く作業に転換した。だが、いつもと違う。

    頭は金縛りを早く解かねばと考えているのだが、目を板間の方向から離せない。それでも、指先から徐々に動くよう気合を入れる。

    恐怖感よりもこの動けない苦痛が嫌いだといつもは思っているが、この日は何故か怖い。真夏の空調も無い部屋なのに、体温が低下してゆくのが分かる。

    どのくらい時間がたったのか、なんとか金縛りが解けた。浅く持ち上げていた体を、ゆっくりとふとんに沈めた。

    耳鳴りがしていたので気づかなかったが、友人はまだ大イビキをかいている。「うるさいな」と寝返りをうった。

    軍人がいた。私と友人との間に軍人、いや、正確にいうとそれらしき帽子を目深にかぶった者が正座し、板間の方向を凝視していた。

    気が付くと朝だった。「おはようさん」と朝風呂からサッパリした顔の友人が戻ってきた。

    「イビキうるさいよ」と軽く文句を言いつつ、昨日のことは夢だろうと記憶を打ち消していた。板間の古びた赤いビニールの椅子に腰掛けようと引いたとき、ふと気づいた。

    その椅子には、うっすらと埃がかかっていた。その時思った。

    この部屋は普段人の出入りが無いんだな、何らかの理由でと。大広間での朝食の時、電話に出た女将らしき人がいたので、それとなく聞こうかとも思ったが、忙しそうなのでやめた。

    というより、その時点でも今でもあれは夢だと思っている。