私の兄の話。
私の兄は神奈川県の某老人病院で看護士をしている。その病院では、夜中に誰も乗ってないエレベーターが突然、動き出したり、など、いかにも病院らしい、芳ばしい話が、よくあるとの事。
その兄が今迄で一番怖かった、という話。その日、兄は夜勤で、たまたま一人でナースステイションで、書類を書いていた時、ふと、視界のすみの廊下で、人影がふらふら、しているのが目に入った。
その時、兄は、入院している患者が夜中に便所にでもいくのだろう、程度に思っていたらしい。だが、何時迄たっても、視界のすみで、その人影は廊下をふらふらとしている。
ちらり、と目をやると、どうやら髪の長い、浴衣を着た若い女のようだ。きっと、昼間、寝てしまい、眠れなくなってしまったのだろうと、書類にまた目をもどしたその瞬間。
「そんなわけないッ!!」と、咄嗟に頭の中で兄は考えた。この病院は老人専門の病院だ、若い女なんかが入院してるわけがない。
同じ夜勤の看護婦ならナース服を着てるから一目でわかる。危篤の患者の家族だとしたら、自分のところにも連絡がきてるはずだ。
第一、今晩、危篤の患者などいやしない。では、一体!?と、顔をあげたその目の前、鼻先がくっ付かんばかりに女の顔があった。
長い髪、血の気のない無表情な顔、何も映っていない瞳。その瞳と目が合った瞬間、兄は、踵を返し、後ろを振り返る事なく一目散に他の階のナースステイションに駆け込んだ。
怯え慌てふためいてる兄の様子を見て、その階の看護婦は、まだ何も言って無いのに、一言。「そのうち慣れるわよ。
」其の時、兄は、女の方が、よっぽど肝がすわってる。と思ったそうだ。
因に、病院と女の因果関係は、結局、解らずじまいだそうだ。