最初に気付いたのは散らかった部屋を、僕の彼女が片付けてくれた時だった。
僕は物を片付けるのが苦手で、一人暮らしをしている狭いアパートはごみ袋やら、色々な小物で埋め尽くされていて、結構な状態だったから。といってもテレビで出てくるほどのゴミ屋敷ってわけでもなくて、ちゃんと足の踏み場はあるし、掃除だってほどほどにはしているつもりだ。
けど、やっぱり男の一人暮らしは散らかってしまうもので。結果的に時々アパートに来てくれる彼女が片付けてくれている。
その日も同じように彼女が来てくれて、部屋の掃除を始めてくれた。僕も彼女と反対側の掃除を始めて、本やら小物を本棚や机にしまったり、彼女が聞いてくる小物が要る物かどうかを判断したりして、だんだん部屋が片付いてきた時、彼女がまずそれに気付いたんだ。
「ねぇ……」彼女が指差した雑誌やらビデオテープやらで隠れていたコンセントの中から、かなり長い髪の毛が一本、垂れ下がっていた。「これ誰の髪の毛よ」僕の友達は男友達ばかりだって事を知ってる彼女は、僕を疑いの目で見た。
僕の髪は短いし、でも彼女の髪もこれほど長くない。けど僕にだって彼女以外の女性、これだけ長い髪の女性を部屋に入れた記憶はなかった。
あまりにも彼女が僕を疑いの目で見るので、僕はコンセントから出ている髪の毛を摘むとスルスルとそれを引き出した。プツン。
いやな感触に、僕は思わずその手を離した。まるで、本当に人の頭皮から髪の毛を抜いたような、リアルな感触。
長い髪の毛が掃除された床に異端者のように舞い落ちて、隙間風に揺らめいた。思わず僕はコンセントの穴を覗きこんだけれど、その先は真っ暗闇で、何一つ見えなかった。
翌日の朝。僕は青ざめていた。
思い出せば昨日はコンセントの事などすっかり忘れて、僕はあの後彼女とカラオケで遊び、そこで飲んだ酒のせいか、僕は帰ってきたとたんに死んだようにどっぷりと眠っていた。目覚めた時には電車のギリギリの時間、僕は飛びおきると寝ぼけ眼で大学の準備をしようと放り出してあったカバンを取り上げた。
その時、ちょうど目線に入ってきたコンセント。真っ暗な二つの穴の一つから長い髪の毛がまた、だらりと力なさげに垂れていたんだ。
昨日引き抜いたはずの髪の毛。長さから見ても同じ人物のようだった。
まるで何かの触手のようにコンセントから伸びいているそれがとても気持ち悪くなり、僕はそれを急いで引き抜いた。プツリ、またあのリアルな感触。
「気色悪い……」僕はそう呟くと、その穴に使っていなかったラジカセのコンセントを押し入れ、引き抜いた髪の毛を窓から捨てると、荷物を持って部屋を後にした。髪の毛は風に乗って、何処かへ飛んでいった気がした。
それからラジカセが大きかった事もあってか、僕はまたコンセントの事など存在すら忘れて普通の日々を過ごしていた。部屋はまた散らかりだし、布団の横には漫画がヤマ積みになっていて、また彼女が来ないかな、などと思いながら空いたスペースをホウキで掃くぐらい、ごみ箱はもういっぱいで、僕は集めたゴミをゴミ袋の中に直接捨てた。
あれから一ヶ月は経った時だったろうか。ついに、それは僕に降りかかった。
<ガ・・・・・ガガ・・・・ガガ・・・ガガガ・・・>夜中に突然鳴りだした音に、僕の安眠はぶっつりと閉じられた。「あ・・・・う・・?」苦しそうな声を上げて電気をつけると、放置していたラジカセからビリビリと何か奇妙な音が流れていた。
山積みになった漫画の更に裏にあったはずのラジカセが見える。変に思ってよく見ると、積んであったはずの本は崩れて、周りにころがっている。
まさか、ラジカセの音で崩れるはずは、とも思ったが…それしか浮かばない。<ガガ・・ガガガ・・・>ラジカセはまだ壊れたように妙な音を発していて、僕はその電源ボタンに手をかけ──そして気付いた。
電源は…すでに切れていた。オフになっているのに、やはり壊れてしまったのだろうか。
僕はラジカセを持ち上げようと、両手で両端を掴み力を込めた。ぬちゃ…といやな感触がして、僕はそのまま…目を見開いた。
ラジカセの裏から伸びたコンセント、そこに人間一人分ほどの髪の毛が絡みついていたんだ。コンセントのコードにつるのように絡まって、ギチギチに。
目で追うと、それはコンセントの穴の片方から…伸びているようだった。前に触手のようだと思ったことがあったけど、まさしくそうだった。
…しかも、僕はおどろいてラジカセを力いっぱい引いてしまったんだ。ぶ ち ぶ ち ぷ ち ぶ ちラジカセに絡まっていた何十万本もの髪の毛が頭皮から引きぬかれる感触がした。
同時に、コンセントの向こうから絶えられないとほど絶叫が響いたよ。コンセントの穴から髪の毛が一斉に抜け落ちて、ドロリとした真っ赤な血が、穴から噴出した時……僕は悲鳴を上げ、気を失った。
血塗れの部屋。髪が散乱する部屋。
僕は部屋を綺麗に掃除すると、荷物をまとめて部屋を出た。あのコンセントからは、また髪の毛が一本触手のように垂れていた。