彼女とデートの日、待ち合わせ場所へ向かう途中、携帯が鳴った。
彼女からだった。「今日は行けない」と言う。
「もう会わない方がいい」と言う。理由を訊いたが答えない。
しつこく訊くと「会うと良くないことが起きる」と言う。「私は生きてちゃいけないの」と言う。
納得できなかった俺は「会おうよ」とごねた。「死んじゃうかもしれないんだよ」と彼女が言った。
「死んでもいいから会ってよ」と俺は言った。ここで引き下がって、納得できないまま生きるのは耐えられないと思ったから。
慌てた感じで彼女が「そんなこと言っちゃだめだよ!」と言った。「本当に死んじゃうんだよ!」って。
30分ほどやりとりの後、彼女が折れた。来てくれることになった。
しばらくして、また携帯が鳴った。「やっぱり行けない」と言う。
「今、どこにいるの?」「東京駅」「じゃあ、あとは乗りかえるだけじゃん」「できないの」「ハァ? 何で?」「悪い人が中に入って邪魔するの」理解できなかった。俺に会いたくなくて、そんなことを言ってるのかな、とも思った。
「じゃあ、そこにいて。俺がそっちに行くから」「来ない方がいいよ」「そこにいて。
すぐ行くから」俺は改札を抜けて、登り電車に乗った。東京駅に着いた俺は、彼女に電話をかけた。
「着いた。今どこ?」と訊いた。
彼女は「○○って喫茶店の前」と駅構内の店名を言った。「わかった。
すぐ行く」と答えて、俺は走った。見なれた店の前に彼女がいた。
ほっとした。なんか悲しそうに「何で来ちゃったの?」と言われた。
「会いたかったから」と答えた。彼女が笑った。
その店に入りコーヒーを飲みながら話した。彼女は妙に周囲を気にしていた。
しばらくして、彼女の携帯が鳴った。中学の友達からだった。
数年ぶりの連絡だという。三人で一緒にゴハンでも食べようということになった。
有楽町で待ち合わせ、食事をした。その友達曰く「なんとなく久しぶりに会ってみたくなった」とのことだった。
食事を終え、三人でぶらぶらした。彼女はときどき周囲を気にしていた。
さほど遅くならない内に、別れて帰途についた。別れ際、彼女が俺の手を握って「気をつけてね」と言った。
「よくないことがあるかもしれないから」って。俺は本気にしなかった。
六日後、彼女が死んだ。事故だった。
もし、彼女が言っていたことが事実だったのなら、俺が殺したようなものかな。俺が殺したのかな、と思った。
確かに、よくないことが起きた。俺自身が死ぬよりも、よくないことだった。