ある日、警衛(駐屯地の警備)勤務についていました。
その時の編成は自分の所属する中隊ではなく、各中隊からの混成でした。あっという間に昼のシフトが終わり、夜間のシフトに移行しました。
深夜十二時頃を過ぎると、さすがに駐屯地中が静けさに包まれました。勤務も単調になったとき、ある中隊の若い隊員(山井:仮名)が口を開きました。
「俺、今度の満期で辞めるんですよ」この言葉から始まった会話は、深夜にもかかわらず、結構盛り上がりました。何とはなしに彼が入隊した時の事に、話は及びました。
そこで、「とんでもない目に遭った!」というのです。彼は入隊後の教育終了と同時に、北海道のある部隊に配属されました。
着隊して部屋に案内され、自分のベットを示されたとき、アレ?と思ったそうです。それは、シングルベッドが、ずらりと並ぶ中で自分のベッドだけ二段ベッドなのです。
しかも、下が空いているにもかかわらず、上の段で寝るように言われたそうです。その時は、「ああ、たぶん教育か何かで、長期不在の人がいるんだろうな」くらいにしか思わず、さして気にも留めなかったそうです。
しばらく経つと、職場の雰囲気にも慣れてきたので、自分の下の段に寝ている人の事を訊ねてみました。すると、奇妙な事に誰のベッドでも無い、と言うのです。
「じゃあ、下で寝かせて下さいよ」と、彼が申し出ると「いいから上で寝ろ」の一点張り。イジメにしては何だか様子がおかしいとは思いながらも、仕方なく上で寝たそうです。
そんなある日の夜の事でした。夜中に彼は息苦しさで目を覚ましたそうです。
すると、ベッドのすぐ脇に誰かが立っていたそうです。しかし、消灯後とはいえ薄明るい室内にもかかわらず、その人物は黒い塊のようで一切、顔が見えなかったそうです。
「なんだ?」と思っているのも束の間、その影がいきなり首をしめてきて、彼にこう言うのです。「やまいぃ~、やまいぃ~、俺の頼みを聞いてくれぇ~」と。
首を絞められて、苦しさにもがく彼は(なにが聞いてくれじゃ。こんな事しやがって)と声にならない叫びをあげたそうです。
すると、その黒い影は前にも増して迫ってきたそうです。さすがの彼も、これはたまらんと思ったらしく声に出して「イヤじゃ。
誰がきくか!」と叫んだそうです。すると、その影は寂しそうに消えていったそうです。
次の日、これはただ事ではないと同じ部屋の者に問いただしてみましたが、一切、口をつぐんで喋りません。すると、見兼ねた同じ中隊の違う部屋の先輩が、事の真相を教えてくれたそうです。
実は、彼が着隊する半年ほど前に、失恋を苦にして青函連絡船から身を投げた者がいて、その人が使っていたベッドが、まさに、この二段ベッドの下だったとの事でした。最初はシングルだったのだが、あまりに怪奇現象が起こるのでやむなく、二段にしたとの事でした。
しゃれにならんほど怖かったそうです。