THE事故物件より夜逃げといえば映画にもなりましたが、金融業だけでなく不動産業界でも夜逃げした人に家賃を踏み倒されるという事は珍しくありません。
夜逃げする人は大抵保証人のトラブルに巻き込まれて追い詰められるといった例が多いのですが、取り立ても日栄のように内臓売れとか脅迫が付随すると取り立て人が警察に連れていかれたりします。日栄の取立てが大問題になったことはみなさんの記憶に新しいと思いますが、この事件が起きる半月前に夜逃げに関するトラブルがありました。
トラブルがあった物件は入居者が3ヶ月分の賃料を滞納し夜逃げしたものなのですが、事務所兼住居の物件で17年間契約者が変わらず入居されていたのですが不景気の為か債権者から逃げるように入居者は夜逃げをしました。入居者の夜逃げは大手金融業の方から大家さんへ連絡が入りこちらへ連絡を取っていただいたのですが、金融業の方が異変に気づいて大家さんを呼び鍵を開けた時はすでにもぬけの空だったそうです。
物件の居間には新聞雑誌が散乱しており家財道具類は全て持ち出されていたのですが、床の間に仏壇が取り残されていました。仏壇は重ね型唐木仏壇で高さ1メーター以上の大きさでしたが、その仏壇は扉が大きく開く総開き式の仏壇で、なぜかその扉が開かないようにでもする様にお札というか呪詛のようなものが書かれた和紙が扉の隙間を塞ぐようにビッシリと貼られていました。
また、仏壇の左右には祭壇のようなものが設置されており阿弥陀如来なんたらとか書かれた木札が立てられて焼香が置かれていました。大家さんは人の仏具まで売って金を取りたくないと言い処分は金融業者に任せたのですが、古物業者が来て査定をしたところランマ、蝶番から宮殿も金が多く使われているかも知れない開けてみなければわからないが最低でも10万以上のものが使われているのではないかとの事でした。
この後私は大家さん宅へお伺いしていたので実際に見聞きした話を書けませんが金融業A社、木田さんから聞いた話を書きます。私が帰った後の21:00頃、木田さんと業者で仏壇の査定を行うべく調査を行ったのですが仏壇を床の間から出す時に木田さんは右の祭壇を蹴倒してしまったそうです。
その時に仏壇の中からお香の煙のようなものが立ち上り、仏壇の屋根のあたりからパーン、パーンと弾けるような乾いた音が聞こえました。その音に驚いた二人は一旦仏壇から離れたのですが、仏壇を移動する時に邪魔になった祭壇を先に退けようという事で祭壇を居間まで移動させました。
祭壇を持ち運ぶとき木田さんはある事に気付きました、それは仏壇から上がった煙のようなものは祭壇を蹴倒した際に焼香の灰が舞ったものだと思っていたのに焼香は倒れた様子も無く台の上に収まっていた事です。この事に気付いた木田さんは少し寒気を感じ床の間へ戻ろうと振り返った時、呆然と立ちすくむ業者とまるでダンプカーが通った後のようにガタンガタンと地震でもないのに大きな音を立てて揺れる仏壇が視界に入りました。
木田さんが良く見ると、仏壇の扉金具が外れたのか組子が歪んだのかは判らないが、ガタンガタンと大きな音を立てて総開きの大きな扉の片方が外れ落ち、お香の煙のようなものが槐が燃えて燻っている様に立ち昇っているのです。その光景を目前にして腰を抜かし仏壇から距離を置こうと足をバタバタさせる業者をよそに、木田さんは近寄ってはダメだという本能の呼びかけに逆らうように仏壇へ近づき内陣のご本尊を拝もうとして仏壇の前まで足を進めました。
仏壇の前に立つと蛍光灯がバチバチと音を立てて点滅し、仏壇からはウゥ~ともブォ~ンとも聞き取れる低い唸り声のような音が鳴り始めました。木田さんは内陣を見るために残った右の扉を開けようとしましたが、扉を開けるのには封印のように貼られている和紙を破ることになり、なぜかその事について気が引けてしまい扉の外れ落ちた方から内陣を覗き込みました。
覗き込む際に破れず台座に残っていた和紙が邪魔なので取り払った時、和紙と思っていたものが動物か何かの皮だと気付き湿気を帯びたヌルっとした手触りに木田さんはギョッとしましたが、内陣の姿を見て木田さんの心臓は止まりそうになりました。内陣には顔を抉られたようなご本尊が布のようなもので胴体部分をぐるぐる巻きにされ何本もの釘で仏壇に打ち付けられており、さらに仏壇は底が抜けたように中が空洞となっておりそこから煙のようなものが立ち昇り、そしてその中には鈍く光るものが1つとうねうねと動く赤い虫のようなものが1つ見えその2つの物体が仏壇の底から木田さんに向かって上がってくるのです。
木田さんの足はガクガク震えだし視線はその物体を見失わないよう仏壇の内陣を注視したまま後ずさりしようとしたところ2つの物体とはまた別の赤黒い腕のようなものがするりとランマから出てきて木田さんの手首に巻きつきました。そして2つの物体と思っていたものは実は同一のものでそれは輪郭を持っていました。
顔です、髪の長い女性のような顔が木田さんに向かって近づいてくるのです。顔の左側は何かで叩き潰されたように腫れておりそしてその顔には顎が無く、顎のところには舌がうねうねと蠢いています、そしてその顔は鋭く光る一つしかない目で木田さんを凝視しているのです。
木田さんはその異常な光景に腰を抜かし、いつのまにか居なくなった業者の名前を叫びながら這うようにして家屋から逃げ出しました。