寂れた飲み屋で一枚の写真を手に上司が話してくれた。
「お前も知ってるだろうけど、俺は山に行くんだ。写真を撮りにね。
大学の頃から山はしょっちゅう登ってたから、技術には自信を持ってたんだけど、今から15年くらい前かな。あまりにいい景色だったんで夢中でシャッターを切ってたら、足を滑らして転げ落ちちゃったんだ。
根が卑しいのかカメラをしっかり持ってたんだけど、なんとか体を引っ掛けることが出来た。でも危険な状態だった。
一メートル先は完全な崖だったんだ。なんとか体はとどめているけど、いつまた滑り出すか分からない。
その時上からザイルがするすると降りてきたんだ。カメラを首にかけて夢中で登ったよ。
安全なとこまで登りきって一息ついたんだけど、誰もいない。叫んでみたけど返事もないんだ。
是非お礼を言いたかったのだが、仕方がないと思ってその日は山を降りたんだ。家に帰って写真を現像してみると、山の写真の中に一枚見覚えのない写真があるんだよ」と言って上司は写真をよこした。
崖に引っかかっている時に偶然撮れてしまった写真らしい。そしてその写真の真中に崖の上から覗きこむようにして男の顔が映っている。
「俺はこの人にお礼が言いたくていつもこの写真を持ち歩いてるんだ。だけど・・・・お前、分かるか?」写真の男の顔は皺だらけであったが上司の顔にそっくりであった。
「年々、俺の顔がそいつに似てきてるんだ・・・・・」上司はそれを悩みの種にしているようだった。しかし俺は思う。
写真の真中で薄ら笑いをうかべるこいつが、上司を突き落としたのではないかと。数年前その上司は亡くなった。
その死に顔は写真の男にそっくりだった。