洒落にならない怖い話を集めました。怖い話が好きな人も嫌いな人も洒落怖を読んで恐怖の夜を過ごしましょう!

  • 【洒落怖】付きまとうおっさん

    2025/05/30 18:00

  • 俺はバイク乗りなんだけど、以前体験したやつをまとめてみた。

    バイクと車は同じ道を走っているが、若干違うのはわかると思う。タイヤの数とかエンジンの排気量とかではなく、身体がむきだしであること、その分音や空気をダイレクトで感じられること。

    かっこつけたがりのバイク乗り達は「風を感じる」なんていうが風以外のモノを感じることも多くある。バイクに乗りたての頃、俺はフルフェイスのヘルメットを着けていたんだけど、音がこもって気持ちが悪く、一度死角から飛び込んできた車に事故をもらってからは、オープン型のヘルメットか耳が外に出るダックテールっていうタイプのヘルメットを着けている。

    風切り音だけでなく、周りを走る車のエンジン音やら排気音なんかを感じられるようになったので、ずいぶんと気が楽になった。でも、それだけに余計なモノを見るようになったのかもしれない。

    深夜に都内から俺の住んでいる県に向かって走っていたときのこと。片側三車線の大きな環状道路(っつーか環八)を走っていると信号待ちの先の中央分離帯に人影が見えた。

    時間は2時くらいだろうか。この時間になると、さすがに時々タクシーやトラックとすれ違うか併走するか程度で、ほとんど車通りはない。

    街灯はあるけれど、広い道路なのでさほど明るくもない。人影が見えたのは、そこは中央分離帯をまたぐ歩行者横断歩道があって、黄色の常夜灯がそのゾーンを照らしていたからだ。

    内回り側にはマンションがあるので、深夜だからといって歩行者がいることもおかしくはない。ただその人影が気になったのはこちらの信号が赤ということ、つまり歩行者信号は青のはずなのに中央分離帯に立ち止まっているからだった。

    携帯電話で話しているのかもしれないし、気にはなったが信号も変わりそうだったので、意識を外すと俺はアクセルに手をかけて発進準備をした。ほどなく信号が青になりバイクを発進させる。

    交差点を越えて横断歩道を越えるときも、視界の片隅に人影はあってなんとなくそちらをみた。人影はおっさんだった。

    青っぽい服というか、パジャマ?かなんかを来たおっさんだった。中型バイクとはいえ、出足はいい。

    通り過ぎるときには40キロくらいは軽くでていたはずだ。そのとき俺が走っていたのは一番左車線。

    おっさんが立っていた中央分離帯からは一番離れていたのでさすがに顔までは見えなかった。でも俺は「あ、おっさんだな」と思ったのだ。

    今思えば、このあたりからちょっとおかしかったんだと思う。「こんな深夜に薄着でよく寒くねえなあ」走りながら俺はそんなことを考えていた。

    2月の深夜。俺は防寒装備でモコモコに着ぶくれていたし、手袋も二重だった。

    それからふと気づく。なんで「薄着」だなんて思ったんだろう。

    時速60キロくらいで無人の道路を走りながら、俺は視界の右端にとらえた「おっさん」の姿を思い返してみていた。薄着、そうだった。

    確かに薄着だと思ったんだ。おっさんの着ていた服はパジャマかなにかのように薄く感じた。

    この時期の歩行者は皆一様に着ぶくれている。特に上半身が着ぶくれているのでシルエットとしては下半身との間に大きな差がある。

    なのに、さっき見た「おっさん」は全体的にえらい細く感じたのだ。だから俺は「薄着」だと思ったのだ。

    そんな風に自分の中で思考をまとめながら走っていると再び赤信号にひっかかった。対向車線にはトラックが止まっている。

    こんな時間で、すれ違う車も少なくなってくると、普段は鬱陶しいトラックのエンジン音や高い位置についたライトも少し頼もしい。信号を見上げながらアクセルを少しだけあけてグリップヒーターの熱を維持しながら、自分が吐き出す白い息を見ているとその先の中央分離帯にまた人影がみえた。

    最初、俺は「あれ?工事案内の看板かな」と思った。なぜならその中央分離帯には横断歩道があるわけではないからだ。

    だから、そんな中央分離帯に人がいるわけがない。横断歩道のない道路を無理矢理渡ろうとしたが、対向車線側の往来が激しくて中央分離帯で立ち往生するバカは時々いるがこんな深夜のがらがらの道路で立ち往生するわけもない。

    それに結構距離があって、おまけに明かりが乏しいにも関わらずしっかり「人がいる」とわかったのだ。近くに光源があるようにも見えない。

    だから余計にオジギ人か誘導灯を振る看板かなと思ったのだ。信号が変わって走り出す。

    相変わらず左車線を走る俺の視界の右端で人影はどんどん近づいてきた。そして頭の中がハテナだらけで一杯になってそれから全身に寒気がはしった。

    アクセルをねじる手に力が入って一気に速度を上げて、人影の横を通り過ぎる。さっきのハテナだらけの頭の中は、今度は「やめてくれよ…なんなんだよ…」というようなつぶやきで一杯になっていた。

    人影はさっきの「おっさん」だったのだ。深夜、無人の道路をバイクで走っているわけで、横断歩道のあった交差点から、さっきの信号まではそこそこの距離がある。

    1キロ以上は離れているはずだ。当たり前だが人間の足でこんな短時間に移動できる距離じゃない。

    同一人物ではないかもしれないし、たまたま同じような格好をしたおっさんがいただけかもしれないが、なんとなくそういう偶然を否定する感覚が、俺の中にあった。霊感とかそういうものではないと思うが、たとえば通勤の駅で朝乗り合わせた人と、同じ日の帰りの電車でまた乗り合わせたときに「あれ?今朝の人だ」と思うような確信感に近いかもしれない。

    すれ違う時間こそ一瞬だが、通り過ぎるまで視界の片隅には見えているわけで、少なくとも数秒は見ていることになる。だから見間違いではない。

    時間が時間だったこともあって、空気の冷たさとは違う寒さに背筋が凍るような感覚だった。むかむかとするような圧迫感を胃袋に感じながら、俺は右のミラーをちらとのぞき込んだ。

    おっさんはいなかった。安心していいのかよくないのかわからなかった。

    というか「多分いないだろうな」と思ってミラーを覗き込んだのでやっぱりか、という確信に変わった。ライダー仲間から時々も聞かされていた「通りすがりに見る」というヤツなんだと思った。

    霊感は無いと思うが、オカルト系には人並み以上に興味があるので「ついに俺も見ちゃったか」となんとも言えない気分だった。おっさんの横を通り過ぎるときこそ法定速度をはみ出していたが速度を戻しつつ、俺は頭の中で「やだなー」を繰り返しながら走り続けていた。

    やがて道路は分岐にさしかかり県境の大きな橋へ向かう道へと入る。普段なら一段と車も少なくなってくるのだが今日は先導にトラックと乗用車がいたので、俺は怖さも手伝ってかなんとなく車間を詰めておこうと思い、トラックの後ろにつけて伴走状態でその道を走り続けた。

    しばらく走っていると、なんとなく後味こそ悪かったものの人に話すネタが出来たなあなんて思い始めていた。が、そんなお気楽な考えは、橋の方へ向かう分岐に来たときにあっさりなくなった。

    またいたのだ。「おっさん」が。

    三度目ともなると絶対に見間違いなわけはなかった。しかも今度は街灯がある。

    先導車両の明かりもだ。おっさんは左折する分岐の曲がり角のところに立っていた。

    俺はもう「うわーうわー」と小声に出しながら運転を続けていた。このまま橋を渡るには、おっさんの真横を通らなければならない。

    道を変える為に車線変更をしようかどうかと迷っていると先導のトラックが左ウインカーを出したので、なんとなく「このままトラックについて行けば大丈夫だ」と思い俺もそのままウインカーをだした。キープレフトの原則を無視して俺はなるべく右寄りに走った。

    トラックの右リアタイヤが真っ正面にくるくらいだ。もちろん気休めに過ぎない。

    左側をなるべく見ないようにした。分岐のカーブの手前でトラックが減速する。

    おっさんの横を通り過ぎるタイミングで、トラックのエンジンが再加速のために轟音をあげた。何事もなかった。

    実際何事もなく、俺は無事に橋を渡って家に着くことができたのだが、家に帰って布団に潜り込んでもなおしばらくの間震えが止まらなかった。おっさんの横を通り過ぎた後、一気に速度をあげて法定速度をあっさり無視した速度で残りの道を走ってきたことで身体が冷え込んでいたこともあったが、原因はそれだけじゃなかった。

    目の前で吹き上がったトラックの排気音。その轟音の中でもしっかり聞こえてしまったのだ。

    おっさんが明らかに俺に対していった「見えてるんだろ」という声が。怒鳴り声ではなかった。

    ただ左側から確かにそう聞こえた。グルアアアーというようなトラックの排気音の中でも、しっかり聞こえたのだ。

    他にも何か聞こえた気がするが、それは聞き取れなかった。いや、意図的に聞き取らないようにしたのかもしれない。

    なぜなら俺はその直後に大絶叫しながら思い切り速度をあげてトラックを追い抜いて一気に走り去ったからだ。あれ以来、夜中に同じルートで帰ることはしなくなったが翌朝もその後も特に変わったことはなかった。

    ただ声を聞いてから自分でも驚くほどの絶叫をあげながら走ったせいか、しばらく喉が痛かった。