一人暮らしを始めたばかりの頃、俺の住む県に台風が直撃した。
その夜は眠りをさまたげるほど、風がびょおお、と音を立てて吹き荒れ、俺は眠れずにいた。そんな時だ。
突如玄関のチャイムが、ピンポン、と鳴った。こんな夜中に誰が?と思いつつ、俺は覗きレンズを覗き込んだ。
人がいる。ぎょっとしたが、声をかけた。
「どなたですか」「おう、○○、俺だよ」「あれっ!?何だよお前、連絡もなしに」その声は俺の友達の声だった。だが、外が暗いのと、帽子を深々とかぶっているので、顔がよく見えない。
そんなことはどうでもいい、相手が友達だったという安心感に、「それにしてもお前、この嵐の中よく来たなあ」と言いながら鍵を開けはじめた。だが、俺はそこで気が付いた。
<一体どうやって、この嵐の中を徒歩で来たのだ?>彼には運転免許がない。バスで来たとしても、バス停からここまで、少し歩かなければならない。
それに、こんな風の吹き荒れる夜に遊びに来るやつはまずいない。一体何の用が?俺はまた覗きレンズを覗いた。
「お前どうやって、ここに来たんだ?」すると彼は、数秒の沈黙の後、顔面を思いっきり覗きレンズに近付けてきた。顔がロウ人形の様に白く、目だけがリモコン操作されたようにギョロギョロとしていた。
それは俺の知っている彼ではなかった、いや、それどころか、それは人ではなかった。そしてそれは、口をこれでもかとばかりに横にひろげ、にいぃっ、と笑った。
俺は腰が抜け、その場に座り込んでしまった。我にかえると、急いでその友達に電話をした。
当然ながら、彼は来ていないと答えた。その夜はますます眠れなくなってしまった。