僕が6,7年前砕石場で働いていた時の話。
僕と友人の坂野、窪田の3人と他5人でプレハブ小屋の会議室で酒を飲みながら他愛のない話をしてた。あれは、21時頃だろうか。
僕は、トイレに行こうと会議室を出て外に通じる扉に手を掛けた。と、何か外からうめき声が聞こえてきた。
「ううぁあ」と掠れた、苦しそうな声だ。僕は、会議室の方を振り返った。
この現場にいるのは扉の向こうの7人と僕だけだ。こんな所に作業員以外の人が?坂野達に知らせようと思ったが後で酒のつまみに笑い話されるのが嫌だったので自分一人で確かめてみようと思った。
扉を開けてみたが誰の姿も見えない。そーっと一歩踏み出した時、暗闇の向こうから誰か走ってくる。
「ううぁあー、ひぃー」苦痛に満ちた声を発しながら・・・。僕は動けなかった。
室内の光に照らされたその姿。顔の半分が潰れてひしゃげている。
それが認知出来た瞬間、その男は僕の腰に抱きついてきた。後ろに倒され瞬間、僕は絶叫した。
「うおおおぉお」とか「あああぁあ」とか。言葉が出ない。
恐怖で僕の全身は完全に麻痺していた。涙で顔がぐしゃぐしゃになっているのが分かった。
男は呻き声を発し、僕をすがる様に見ていた。僕は懸命に男を引き剥がそうとした。
そうしている内に男は力無くずり落ちゆっくりと消えていった。僕は呆然としながらその場所を見つめていた。
我に返った僕は這いつくばりながら扉を閉めた。涙でぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭い、会議室の扉を開けた。
賑やかに酒盛りしているのを見ると、どうやら僕の悲鳴は聞こえなかったみたいだ。しかし、僕が顔を見せた途端皆しーんとなった。
余程ひどい顔をしていたのだろう。僕は一言「もう、寝るから」と言って扉を閉めた。
あまりにも全てが現実離れしすぎてて自分の身に起きた事を考える事も出来なかった。翌朝、皆「夕べ、何かあったのか?」と聞いてきたが説明出来る自信が無かったので、無理やり笑顔を作りすっとぼけた。
体はかなり重く作業は辛かったが何とか午前中の作業を終える事が出来た。昼になり弁当を受け取った。
食欲はまるで無かったが朝食を抜いたので無理やりお茶で流し込んだ。弁当を半分程食べ、残りを諦めた頃、現場監督が僕に「坂野見なかった?」と聞いてきた。
僕は昼になってから見ていないと答えた。「もし、見かけたら俺が探していたと伝えてくれ」現場監督はそう言ってプレハブの中に戻って行った。
弁当を食べる気は無かったので坂野を探す事にした。気分も紛れると思った。
あちこち探し周ったが坂野がいない。現場を離れたのかな?と思い森に向かった。
崖下に置かれているクレーンの横を歩いている時クレーンの反対側から「ううぁあ」と呻き声。おもわず、「ひぃっ」と悲鳴を上げ、飛び退いた。
心臓が限界と思えるほど鼓動が速い。恐怖で呼吸も困難だった。
じゃっ、じゃっ。地面をすりながら歩く音。
それは、ゆっくりとクレーンの影から出てきた。「うあぁあー、ひぃー」それは、僕を見つけた途端呻きながら抱きついてきた。
僕は多分、自失していたんだと思う。それ程、日の光の下で見るそれは酷かった。
気付いた時は、病院のベッドだった。あの男が坂野だと聞かされた時は酷くショックだった。
もし、僕が最初に坂野だと気付いていれば違う結果があったのかもしれない。