小学校二年生くらいのときの話。
授業が終わって、帰るときになってトイレに行きたくなった私は、いつも一緒に下校している友達を「あとで追いつくから」といって先に帰した。個室に入り、用を足していると、別の個室から水を流す音が聞こえた。
あれ、と思った。トイレに入ったときは誰もいなかったし、タイル張りの床は砂とか掃除のときに使う粉洗剤とかでじゃりじゃりしていて、誰かが入ってきたら必ず分かるはずなのに、何の音もしなかったから。
用が済んで、すこしビビリながら個室を出た。丁度三番目の個室の上に、女の子の顔に見えるしみがあって、トイレの花子さんだという噂があったから。
その三番目の個室の扉が、半開きになっていた。水が流れ続けている。
誰かが私をからかおうとしているんだと思った。同時に、そんなことして本物の花子さんに祟られたらどうするんだよ!とも考えて腹が立った。
怒りに任せて、その半開きの扉をけった。扉は簡単に開いた。
そこには誰もいなかった。自分で扉をけったのに、その音がひどく大きく聞こえた。
水が流れ続けている。ようやく、本当におかしいことに気づいた。
水を流すための銀のレバーが、下がっていなかった。あれを下げないと水は流れないはずなのに。
怖くなった。誰かのいたずらだと思いたくて、掃除用具いれまでみたが、デッキブラシや汚い雑巾があるだけだった。
いやな噂を思い出した。「この学校には、今入っている一階の女子トイレにだけ鏡がない。
それは、鏡を置くと必ず変なものがうつるから」カン、カン、カン、と換気扇が音を立ててゆっくりと回りはじめた。どこかがゆがんでいるのか、ここの換気扇はいつも変な音を立てていた。
風が強い日はスイッチを入れなくても回っているから、いつものことだと思おうとしたけれど、無理だった。すりガラス越しに見える木の影は、少しも揺れていなかった。
風はないのに、換気扇だけが回っている。ゆっくり。
水は止まらない。がたん、と音がした。
女子トイレの引き戸を閉めようとするときの音だった。立て付けが悪いみたいで、開け閉めするときいつも大きな音をだした。
「誰?!」今度こそ誰かのいたずらだと思った。誰かが私を、いたずらで閉じ込めようとしてるんだって。
今までそんなことされたことなかったけど、怖かったから、誰かがいるんだと思うとかえってほっとした。「やめてよ、もうっ!」平気な声を出して、笑いながらトイレを出た。
誰もいなかった。まっすぐつづく廊下に隠れるところはない。
しんとしている。振り返った。
水は止まっていない。換気扇も。
じゃり、と音をきいたような気がした。タイルの上を歩く音。
誰もいないのに。声はでなかった。
トイレ前に放り出していたランドセルをつかみ、全速力で職員室まで走った。職員室前で、担任が幽霊なんかいないといっていたのを思い出して、結局トイレの水が止まらないと報告した。
説明しても信じてもらえないと思ったから。トイレは一年以上使用禁止になっていた。
原因は知らない。あれがトイレの花子さんだったとは思わないけど、あの学校にはたぶん何かいた、と思う。