30年前もちょうど今日みたいに蒸し暑い嫌な日だった。
些細な言い争いが元で、オレはあいつの首を絞めて殺しちまった。どこで寝泊まりしてるんだかわからねえ女乞食みたいな暮らしをしてたのを、オレが拾ってやったんだ。
借りてきた猫みたいにおとなしくて、背の低い痩せた陰気な女だった。あいつが楽しそうに笑っている顔なんて一度も見た事が無かった。
当時は日雇い仕事だった。朝、差配の親方の指示でトラックに乗せられて現場へ行く、帰って来ると差配から日当が現金で渡される。
仕事はいくらでもあった。懐は暖かかった。
少し余裕が出来てくると、なんでオレがこんな不細工な乞食女と一緒に暮らさなきゃあならねえんだという考えが頭を持ち上げてきた。それからってもんは、事あるごとに殴ったり、蹴飛ばしたりして出て行けって怒鳴り散らした。
外から棒切れを持ってきて、棒が折れるほど殴り続けたことも珍しくなかった。それほどされても、わあわあ泣くだけで、出て行こうとはしなかった。
人間は、魔が差すって事がある。あの時も、女のちょっとした言葉がオレの燗に触わった。
オレは頭に血が上って、散々殴りつけて髪の毛を持って部屋中引きずりまわした。あいつはいつもの様に、部屋の隅で小さくなって泣きじゃくっていた。
もう我慢が出来なかった。そこにあった手拭をあいつの首に巻きつけて、力一杯締め上げた。
まさかって顔をしてオレを見たが、構わずに締め上げていった。あいつは足をバタバタさせて暴れた。
すると身体を半回転させて捻る様な姿勢になった。このままじゃあ外れちまうと思ったので、背中へ馬乗りになって、思い切り上体を反らした。
目の前にあいつの頭がきた。その時だ、いきなり振り向きゃあがった。
浅黒い顔に、真っ赤に充血した目でオレを恨めしそうにじーとにらみ付けてきた。余りの凄まじい形相に思わず手を離しそうになった。
だが、あいつの抵抗もそこまでだった。あいつの身体から次第に力が抜けて、ぐったりとなっていった。
あいつが血走った目をカッと見開いた凄惨な顔は、まともに見れなかった。横にあったシャツを顔に掛けようとしたその時、あいつの目から、涙がツーーと頬に流れ落ちていった。
おれがあいつの事をかわいそうだと思ったのは、後にも先にもその時だけだ。裏山では、大きなお寺さんの本堂の新築工事が始まっていた。
あいつを基礎工事の中へ埋葬することにした。基礎工事のどかがどうなるかなんて事は、仕事上よく知っている。
ひと一人埋め込む芸当ぐらい造作も無い事だ。埋め込みが終わったのが夜中の一時過ぎだった。
へとへとになって、ボロ屋の戸を開けて中へ入ったとたん、おれは悲鳴にならない悲鳴を上げて、へたり込んでしまった。部屋の真ん中で、あいつが血走った目を剥いてもがき苦しんでいる。
目を上目遣いにしてオレをにらんで、両手で一生懸命首の手拭をはずそうともがいている。が、それ以上の事は何も起こらなかった。
ただ、もがき苦しんでるところを見せているだけだった。噛み付くわけでも、引っかくわけでもなかった。
あいつはその日以降、毎日のようにあらわれた。オレにもがき苦しんでいるところを見せつけるのである。
憑依して憑り殺そうというのでもなく、ましてやオレの喉笛に食らいつこうというのでもない。あいつらしいいじけた報復だ。
さすがに、ここのところは毎日は現れなくなったが、今日まで30数年間続いている。年に数回は、あいつを埋葬したお寺さんにいっているが、別段なんの感慨も起こらない。
ただ、本堂に手を合わせてお賽銭を入れてくるだけである。