Y君は関西の某大手製薬企業に勤めている。
しかし仕事柄、中々女性と出会えず、彼女がいないのが悩みであった。そんな彼に、友人が彼の悩みを聞いて、やはり同じような悩みを持つ看護婦さん達との合コンの段取りを付けてくれることになった。
もちろんY君に異論があるはずがない。休日を選び、待ちあわせ場所はとりあえず某海浜公園に決められた。
参加者は男性がY君を入れて3人、看護婦さんも3人、そして仲介役の友人を入れて7人のはずであった。Y君は当時を振り返って言った。
「なんか、最初からハプニング続きで、変な予感みたいなものがあったんですけどね・・・」女性側はともかく、男性側はそれぞれ面識がなかった。友人が数合わせに知り合いからY君のような男性を適当に選ぶという話だったのである。
Y君はそのうちの一人とはすぐに落ち合う事ができた。彼も年齢はY君と同じくらいで、おとなしそうな青年だった。
やがて、看護婦さんら女性側3人も時間通りにやってきて、なんとなくその場の雰囲気がほぐれてきた。しかし、男性側の最後の一人と仲介役の友人がいつまで待っても来ない。
焦れてきたY君は友人の家に携帯で連絡を入れてみた。「急病って事らしいんです。
いや、腹痛かなんかで、病気自体はなんてことないんだけれど、とにかく今日は来れない、と。」いきなり水をさされる形となってしまった合コンだが、まあ、主役はY君らなので、自分たちがいれば問題はないはずだった。
しかし男側の最後の一人もなかなか来ない。その顔を知ってるのは友人だけであったため、皆で相談してあと10分くらい待って来なかったら、人数はそろわないが合コンをはじめてしまおうという事にした。
すると、「すぐ側のベンチに、いつの間にか若い男がいたんです。うつむいて座っていて・・・」ひょっとしたら・・・と思い、Y君は声をかけてみた。
もちろん、友人の名前を持ち出して。共通項といったらそれくらいしかなかったのである。
と、男はスッと立ち上がり、言った。「じゃあ、行きましょうか・・・」と。
「なんか今思い返すとえらく不自然だったんですけど、その時は皆焦れてたし、ああ、こいつが3人目なんだなって、妙に簡単に納得しちゃったんですよ・・・」再び簡単にそれぞれが自己紹介した後で、近くの喫茶店、それから海浜公園巡り。そして飲み会へとオーソドックスに合コンは進行したそうだ。
公園内の無料利用券などもY君は友人から預かっていたらしく、活用したらしい。看護婦さんたちも皆20代くらい。
Y君ともう一人の青年もはしゃいで場を盛り上げた。が、3人目の男、こいつがどうもよく分からない。
決して陰気ではないが反応もなんとなく変で、扱いにくい感じで、結局盛り上がった座もしらけてしまい、誰が言い出したわけでもないが、今回はお開きにしようという流れになってしまった。そして、いざ皆帰る時になり、問題の男が、「僕はXX方面に帰るんですが、同じ方向の人はいませんか?よかったら僕が送っていってあげますが。
」などと言い出した。Y君らは皆電車で海浜公園に来ていたが、その男は自家用車で来ていて近くに止めているらしい。
そしてY君はたまたま、そのXX市に住んでいた。言葉に甘えれば電車代がタダになるし、なんとなくその男が気に食わないという理由で断るのもなんだか気が引けた。
結局、Y君と、看護婦さんの一人がその男の車に便乗させてもらう事となった。こうして、初対面の3人の夜のドライブがはじまった。
男の車は中古の軽自動車で、Y君と看護婦さんは後部座席に腰を下ろして座った。車は走り出したが、男の運転は、なかなかの安全運転であった。
「海浜公園からXX市まで、普通に車を飛ばせば、だいたい1時間かからないんです。それに、いったん郊外の道路に入れば、途中はほぼ一本道のはずなんですけど」車はやがて、Y君の記憶どおりに郊外に入った。
窓の外を夜の風景が流れていく。片側2車線の道だ。
その道の両側は黒い木々で覆われていて、ときおりぼおっとした光が近づいてくると思ったら、それは小さなガソリンスタンドや自動販売機であった。まだそれほど深夜ではないはずなのに走っている車は自分たちの軽以外ほとんどなかった。
ふわふわした信号の光が現れては消えていった。30分ほど走ったろうか。
車内でY君と看護婦さんは、たわいない雑談をしていた。3人目の男―運転手の彼はまったく口を開かなかった。
ときどきY君が話を振っても短く受け答えをするだけだった。「とっつきにくい奴だな・・・」何気なく、Y君は窓の外を見た。
そこは林が切り崩された斜面になっていて、どういうわけか、たくさんの石の地蔵が並んでいた。小さいけれども数は100や200ではない。
車のライトの光に浮かび上がったそれは、とにかくえんえんと続いているのである。しかも、光のかげんだろうか、その地蔵たちはひどく異様な格好をしていた。
「それが・・・一つもまともな物がないんです。どういうことかと言うと・・・」頭部が半分欠けているもの―口のあたりに大きな亀裂があり、ゲラゲラと笑っているように見えるもの―斧を打ち込まれたみたいに、顔が真っ二つに割れているもの―目のところだけえぐられているもの―ほんの一瞬だけ照らされるだけなのに、不思議にY君の目には地蔵たちが一つ残らず無残な姿をしているのが見て取れるのだった。
隣を向くと看護婦さんも、どうやら外の光景に気が付いていたらしい。気分が悪そうな表情をしている。
Y君も嫌な気分がした。「なんであんないやらしい地蔵を置いておくんだろうか・・・それもあんなに」窓の外はいつのまにか暗い林に戻っていた。
人家もないようだ。明かりが見あたらない。
近くに大きな新興住宅地があるはずなのだが―そのときだった。「このあたりはね、出るそうですよ。
」めずらしく、運転手の男が自分から口を聞き、ポツリと言った。「・・・?出るって・・・何が?」「出るんだそうです。
」「だから・・・何が?」「・・・・・・・」Y君が尋ねても、運転手は何も言わない。黙って前を向いて運転しているだけだ。
なんだかそのシルエットになった後姿も、さっきの地蔵そっくりに見えて気味が悪かった。(くそ・・・なんなんだこいつ・・・)Y君がそう思っていた時、隣の看護婦さんが言った。
「あのお・・・あのガソリンスタンド、さっきも通りませんでしたか?」「えっ?」彼女はいったい何を尋ねているのだろう?「ほら、今度は自動販売機。これって、さっきも通り過ぎましたよね?」たしかに、車の後ろに自動販売機らしい明かりが飛んでいく。
つまり看護婦さんは、この車がさっきからずっと同じ所を走っているのではないか・・・と言いたいらしいのだ。「そんなことはないですよ。
」答えたのはY君ではなく、運転手の男だった。「気のせいですよ。
この道路は一本道ですからね。曲がってもいないのに同じところは走れませんよ。
郊外の道なんてみんな似ていますからね。単調ですし。
気のせいですよ。」運転手は初めてと言っていいくらいペラペラと話した。
そして、ヒヒヒ、と低く笑った。「・・・・・・・」「・・・・・・・」その笑い声を聞くと、Y君も看護婦さんも何も言えなくなってしまった。
「何か、かけましょうか。」運転手の男は手を伸ばしてなにやらゴソゴソやると、テープを取り出した。
そして、それをカーステレオに押し込んだ。・・・ところが、音楽は流れてこないのである。
2、3分たっても何も。圧迫感のようなものに耐えかねて、Y君はカサカサに乾きはじめた唇をまた開いた。
「何も、聞こえないんだけど。」「・・・・・・・」「ちゃんと、入ってるの、それ?」「・・・・・・・・・・」「ねえ」「聞こえないでしょ?なんにも」「ああ」「深夜にね、家の中でテープをまわしておいたんですよ。
」「は?」「自分は外出してね。家の中の音を拾うように、テープをまわしておいたんです。
」「・・・なんで、そんなことしたわけ?」「だって、留守の間に、何かが会話しているのが、録音できるかもしれないでしょう?」「・・・・・・何かって・・・・・なんなんだよ?」「・・・・・・・・・・」Y君は、相手が答えなくてよかった、とはじめて思った。と、いうよりも、それ以上その男と会話をしてはいけないと思った。
背中に、気味の悪い汗がにじんでいた。ぞっとするものがせまい車内にみなぎってきた。
とたん、隣の看護婦さんが悲鳴をあげた。「ッ!!!」窓の外にはまた、地蔵たちが並んでいたのだ。
頭が割れ、目がえぐれ、ギザギザの口でゲラゲラと笑い続けている、あの異様な石の地蔵たちが・・・「止めろ!」運転手は何も言わない。「車を止めろ!!」Y君はもし運転手が言う事を聞かなかったら、力ずくでも車を止めるつもりだった。
だが、意外にも、車はあっさりと静かに止まった。運転手は何も言わないままだ。
Y君と看護婦さんは、転がるようにして軽自動車から降りた。車はすぐに再発進して赤いテールランプが二人の前から遠ざかって行った。
Y君はぼんやりと辺りを見回した。看護婦さんもそうだった。
二人は顔を見合わせた。街灯の光しかなかったが、お互いが蒼白になっているのが分かった。
足がガクガクした。そこには石の地蔵などはなかった。
それどころか、近くには海の音が聞こえていた。そこは、あの海浜公園のすぐ側だった。
。「・・・どうやってぐるりと戻ってきたのか全然分からないんです。
だって、今しがたまで郊外の道路を走っていたはずなんですから・・・」それだけではなかった。問題の3人目の男について、「翌日、友人に連絡を取ったら、予定していた3人目は1時間、時間を間違えて待ち合わせ場所に来てしまっていたらしくて、そのまま待ちぼうけてその日は帰ってしまったって聞かされたんです。
」それでは、一緒に合コンに参加し、Y君たちを乗せたあの男はいったい誰なのか?後日、Y君は自家用車であの時とほとんど同じコースをたどる機会があったのだが、道路のどこにも、あのえんえんと続くいやらしい石の地蔵などはなかったらしい。あのドライブは現実のものだったのだろうか。
現実だとしたら、自分たちはいったいどこを走り、そしてどこに連れていかれるところだったのだろうか・・・