チコ。
俺が6才のときに家にきたメス犬。まだふわふわで毛むくじゃらの、ちっちゃいやつ。
子供のころ、ずっと一緒だった。良くおまえをからかって遊んだけれど、おまえは俺をかるく噛むだけで、本気で怒ったりなどしなかった。
人間の1年は犬の6~7年で、避妊手術してたおまえに子供はできなかった。俺が中学にあがるころ、おまえは俺のおふくろと同い年くらい。
ワルぶって喧嘩にあけくれ、いいトシして犬なんかと遊んでいられるかと、見向きもしない俺におまえはちょっと寂しそうだった。俺が高校を卒業するころは、おまえはもうおばあちゃんで、名前を呼んでも尻尾を少しふって、悲しそうに俺を見つめてた。
チコ。おまえが死んだとき、男が涙ボロボロなんてみっともなくて、俺は洗面所で顔をばしゃばしゃ洗い、動かなくなったおまえを庭のすみに埋めた。
それから何年かたって、俺にも女房と娘ができ、家にささやかな笑いがあって、それから女房だけが出て行った。チコ。
夜中に目をさますと、俺のとなりで娘が小さな寝息をたてているが、そのむこうに、うずくまって娘をみつめるおまえがいる。女房は戻ってこないけれど、俺と娘とおまえ、同じ布団のなかで、いっしょに川の字になって寝ている。