これは父の体験です。
元々、小さな頃から第六感・・・いわゆる霊感と呼ばれるものがあるらしく、そういう類のものを見たり気配を感じたりした事が多かったそうです。今回お話する出来事もその中の一つなのですが、霊感が全くない俺に取っては身の毛もよだつ体験談でした。
父は3人兄弟の長男で、ごく普通の家庭に生まれ育ちました。祖父は自営業をしており、木造の二階建ての内一階は半分ほど店の面積で占めていて、残り半分に居間・台所・風呂場などの生活スペースがあります。
二階には祖父母の寝室を含め2つ部屋があり、その内の一つが3人の部屋に割り当てられていました。決して広いとは云い難いその部屋は3人が布団を敷けばいっぱいになってしまう程のスペースしかなく、残りのスペースには、父が趣味だったアコースティックギターやレコードが詰め込むように置かれ、普段は物置と化していたそうです。
勉強などは居間でしていた為、眠る時以外はあまり近寄る事のなかったその部屋でそれは起こったのです。大学生だった父は日々就職活動に明け暮れていて、疲れが溜まっていた事もあり、帰って夕食を済ませた後は風呂にも入らず部屋に直行するような毎日を送っていました。
その日も同じように布団に倒れ込むと、意識を手放すように眠りに落ちていきました。・・・どれくらい眠ったのか。
ふと、何かの気配を感じて目を覚ましました。弟たちの鼾が聞こえる。
何時になるだろう・・何だか寝苦しい。喉が渇いた。
水でも飲んでくるか・・と、顔を上げようとしたその時、身体が動かない事に気が付いた。金縛りには何度かあっていたけど、いつもとは何かが違う。
確実にそこに『居る』・・と。そう感じたそうです。
意識したのを見据えたように、その気配は身体を這うように上がってくる。来る・・来る・・思わず、固く目を閉ざす。
見たくない。見てはいけない。
身体が重い。動けない。
半ばパニックになりながら、何とか身体を動かそうとする。駄目だ。
動かない。そうしている間もどんどんと上がってくる気配は、重くねっとりと胸元に圧し掛かってくる。
顔を・・・覗かれている。突き刺すような視線を感じる。
『もう駄目だ』そう思ったとき、意を決して目を見開いた。黒いもやのようなものが、胸元に圧し掛かるようにして乗っていた。
人影ほどの大きさのそれに目はなく、輪郭もなく、即座に理解するに堪えない見てくれをしていた。「あqwsでrftg」思わず、声にならない情けない叫びを上げたと同時、ふっと身体が軽くなり、今の今まで目の前に居た気味の悪い物体も消えていた。
すぐさま、隣に寝ていた弟(次男)を起こしてその出来事を話すも適当にあしらわれただけだった。(かなり動転していたようですが)あんなにはっきりと見たのは後にも先にもその時だけだった、と話していました。
数日後、その部屋が『鬼門』に位置する事を知ったそうです。窓がなかったその部屋は所謂「出口」と呼ばれるものがない為に、悪い邪気が集まりやすかった事。
常日頃から感じていた気配や金縛りもその所為だろうとの事でした。ちなみに小学校に上がるまでは俺もそこに住んでたんですが、その部屋は物置同然だったのであまり入った記憶がないです。
祖父も亡くなり、祖母も介護施設に入っているのでもう誰も住んでいませんが、今でもその部屋は存在しています。