これは又聞きの話なんで真偽の程は定かではないとしておこう。
友人がバイクで事故ったとの知らせを聞いた斎藤さんが担ぎ込まれたという病院に仲間2人を連れて出かけた。幸いにして彼の怪我の度合いはそれほどでもなく、バイクが全損になったのは残念だが、命には代えられないと安堵した。
その夜のうちに帰宅できるとの事で車で自宅まで届けるために斎藤さんは車で来て欲しいと頼まれていた。別段変った事故でもなく、単なる自損事故、ここまでは。
その後、検査で彼の脳に損傷が有るかもしれないとの事で精密検査を至急行うに至って、斎藤さんは病院で待つ事になった。運ばれたのは午後6時、斎藤さんが着たのは午後7時夕食を食べに出かけて病院に戻り、再検査になったのが午後9時で、時刻はそろそろ午前0時になろうとしていた。
「あいつ大丈夫なのかなぁ。」
不安がる斎藤さんを仲間達は「あいつに限って、そう簡単には死んだりしないよ」となだめた。
「俺もそうは思うんだけど・・・」
塞ぎ込む斎藤さんが視線を床に落とした時どこからか鈴の音がする。普通のチリチリという音ではなく、お遍路さんが持ってる少し大きいチリィ~ンチリィ~ンと鳴るやつ。
「どっからだろう?」
顔を上げて右手奥の廊下を見ると、すでに消灯した病棟へ続く廊下は溶け込むような闇に続いている。「あっちか」斎藤さんが向き直ると、仲間達もその方向を見ている。
「チリィ~ン・・・チリィ~ン・・・チリィ~ンチリィ~ン・・・」
少しずつ、しかも確実に近づいてくる音、皆は生唾を飲むように固まる。姿無き鈴の音はとうとう皆の前まで迫り、座っていた長椅子の周りをゆっくりと回り始めた。
不思議と恐怖感は無く、それよりも不安が襲う。数分、いや数十分ほどだったか、長椅子の周りを回っていた鈴の音はゆっくりと溶け込むような闇の方向へと吸い込まれていく。
「何なんだあれは?」
斎藤さんは思わず声を出した。それで金縛りが解けるように全員がほぉっと大きく息をついた。
それと同時に、薄い明かりの差していた部屋、手術中という赤いランプがポッと消えて中から医師が出てきた。
「危なかった、あのまま帰していたら危なかったかも」
外傷性くも膜下出血、友人は生死の境をさ迷っていたのだ。
家族に連絡を取り、皆で一旦斎藤さんの家に帰ることになった。少し落ち着いてビールを飲み始めた時に、一人がつぶやいた
「あのさ、さっきの鈴の音、ばあちゃんに聞いた事があるんだけど」
「死人を迎えにくる案内人が持ってる鈴ってあんな音だって。」
脳に広がる血の塊を取り除く手術、ちょうどその頃、鈴は迎えに来ていた。凍るような静寂の中に聞こえる、冴えた冷たい音を斎藤さんは今も覚えている。