「うわ!」連れの昭二が突然声を上げた。
「な、なんや、急に・・・」オレは驚いて立ち止まった。バイトの帰り、大通りの交差点に差し掛かったところだった。
「あれ、あそこンとこ。見えへんか。
」そう言って交差点の反対側の方を指差す。コイツまたか、と思った。
昭二は霊感が強いらしくて、何やかんやで良く「見える」。しかし、一緒にいるオレには「見え」ないし、何も感じられない。
この時も同じだった。「あっ!アカン、アカン!あれはヤバいわ。
はよ行こ。」とまどうオレをしり目に、勝手に状況に見切りを付け、昭二はどんどん先に進んで行く。
早足で追い付くと、オレは尋ねた。「なんやねんな、なにが見えたんや。
」「・・・車道の真ん中に人が倒れてたんや。せやけど、クルマは止まらんとバンバン走ってて、ソイツを通り抜けたりしてる。
よお見たらソイツ上半身だけなんや。」「それ、下半身が消えてるってことか?」「うーん、千切れてるって感じやったな。
それで、じーっと見てたら目が合うてしもて・・・」「それ、ヤバいんか?」「ヤバいヤバい。憑かれるかもしれん。
」「マジでか~、どーすんねん、ソレ・・」「はよ離れる方がエエねん。行こ行こ。
」オレたちは早足で地下鉄の入り口へ向かった。駅前でメシを食ったあと、昭二が、自分の部屋に帰るのは怖い、と言い張ったため、男二人で近くの居酒屋に飲みに行った。
「・・大丈夫やて、もう大分時間たってるやん。」いつまでも部屋に戻りたがらない昭二を、オレは飲み屋で説得していた。
明日も朝からバイトがあるからだ。「まあ、電車で動いたしなぁ。
憑いてる感じはないし、大丈夫とは思うねんけど・・」そうやってグズグズ言っている昭二に、店の勘定÷2-500円分の金を渡し、逃げるように帰ったオレが、自分の部屋に戻ったのは11時を過ぎていた。疲れ切っていたので、風呂へも入らず真っ直ぐ布団へ・・と、その時、電話が鳴った。
ナンバーを見ると昭二だった。「もしもし。
」「ああ、俺。あのなぁ、やっぱり部屋の周りがイヤ~な感じで、ホンマ怖いねん・・」「ぁあ?(怒)」「どうしたらエエと思う?」「知るか、ボケェ!」叩きつけるように電話を切った。
しばらくするとまた電話が鳴ったが、放っておくと10コールぐらいで切れた。ようやく寝入ったところで、今度は携帯にかかってきた。
無視しようか迷ったが、一応出た。「はい。
」「これから、そっちへ行く・・」いきなり切れた。履歴を見ると、やっぱり昭二だった。
時刻は0時過ぎ。電車はもうない。
あいつは原チャリしか持っていないのに、このクソ寒い中、本当に来るのか?眠くてしょうがなかったので、どうでもよくなって、寝直した。それでも気になっていたのか、その物音がした時には、うっすらと目が覚めた。
自分の部屋のすぐ横にある階段を上る音。ああ、あいつマジで来やがった。
そう思って時計を見た。4時30分。
何考えてるんや・・心の底からうんざりして、布団を出た。昭二は、まだ階段を上がっている。
2階のオレの部屋まで、ゆっくり、ゆっくり。原チャでコケて怪我でもしたのか?少し心配になったオレは、部屋のドアを開け、右手にある階段の方を見た。
階段は部屋の前の通路と直角になっていて、ドアからは見えない。ズッ・・・ぺタン・・ズズッ・・・ゆっくりとした音が階段の方から聞こえてくる。
階段を上がる靴の音ではない。何か重いものを引きずるような音・・?急に悪寒がした。
階段を上がっているのは、本当に昭二なのか?ぺタン・・・ズズッ・・・ズッ・・音が近づいてくる。そうか、腕だけで体を引っ張り上げるとこんな音が・・オレは、部屋の中に入るのも忘れて、階段を登りきった角の所を見つめていた。
ズズッ・・ズッ・・ぺタン。通路の床の上、ゆっくりとした動作で白い手が現れるのが見えた。
オレは勢いよくドアを閉め、震える手でカギをかけると、布団を頭からかぶった。耳を澄ます。
・・ズズッ。音は部屋の前で止まったようだった。
オレはお経を知らなかったので、布団の中で、来るなっ来るなっ、とだけ念じていた。どれくらいの時間そうしていたのか。
やがて、そっと開けた布団の隙間から、外が白んでいるのが見えた。と、ドアの新聞受けが、カタン、と軽い音をさせた。
新聞屋が来た!オレは涙が出そうなくらい安堵した。ありがとう!ありがとう!朝刊だけでも取っていてよかった!本当にそう思った。
ズル・・ドサッ玄関の方で、重い肉が落ちるような音がした。え?新聞じゃない・・・入って来た!入って来た!入って来やがった!オレは気が狂いそうになった。
なんで、あんな細い隙間から入ってくるんだ!と憤ってみたが、どうしようもない。布団をかぶり直し、ブルブルと震えるしかなかった。
ズ・・ズル・・何かが床の上を這っている。昭二の馬鹿野郎!泣きながら罵ってみた。
ズズ・・・ズル・・音が近づいてくる。昭二ゴメン!オレがあの時帰らなかったら・・・その先のことは考えず、ひたすら昭二に謝ってみた。
だから、神様、助けて!助けて!布団の端がめくれ上がるのがわかった。生臭い臭い。
そして、何ものかの気配が目の前に・・あかん!今、目開いたらアカン!そう言い聞かせながらも、つい目を開けてしまった・・・見えたのは、ボンヤリと赤っぽい色、それが視界一杯に拡がっている。なんだ・・?そう思った瞬間、ピントが合った。
目の前3センチのところに、髪の毛と肉と黄色い脂がグチャグチャに入り交じった顔があった。