大学に合格した春、家からは遠い大学への通学のためアパートを借りることにしました。
部屋を探し始めたのは3月も終わりごろ。探し始めるのが遅かったため、手頃な物件はほぼ埋まっていていて、大学の近場で金額的にも納得できる物件となると数が限られていました。
結局、借りることにした物件は、大学から徒歩10分、3畳程度のキッチンに風呂トイレ別、8畳の一間の中に小上がりのような感じでベッドが備え付けてあるものでした。おまけに階段に面した角部屋で、駐車場もついていながら家賃は5万。
関東とは言え、関東圏の北のはずれにある田舎なので都内と比べると破格とも言える安さです。ただ、南向きの窓があるとはいえ、すぐ隣接して家が建っていたので朝に日差しが入ってくる時以外は昼間でも薄暗い部屋でした。
最初におかしなことがあったのは、入居し始めて暫くのことでした。深夜、2~3時ごろだったと思います。
大学近くとは言っても、そのアパートのあった辺りは住宅街でそんな時間に騒ぐ人間はまずいません。寝ているベッドの左側の壁をドンドン叩く音が聞こえてきます。
最初は上の住人か酔っ払いか、と思いましたが、おかしなことに気が付きました。叩いてる位置があまりにも高いんです。
そのアパートは玄関のミタキが膝上くらいの高さにある上、キッチンから8畳間への通路がさらに段になっていて、8畳間の部屋の実際の高さは私の腰より少し上、80~90cmくらいのはずです。(実際ベランダの外に出て高さを計測してみました)左側に部屋はないし、音が響いてくる高さは朝になって考えてみると2.5Mほどの高さはあります。
寝惚けたのか、それとも二階の住人の音なのか(そういう音ではありませんでしたが)と、なるべく考えないようにしてましたが。音は、多い時で数日おき、少ないときで2週間おき程度。
ですが、住んで1年も経つとあまり気にならなくなってきていました。そんなある日のことです。
深夜、寝苦しく喉が渇いたこともあり目を覚ましました。体を起こそうとすると、耳元で「ピシっ」と音が鳴るのが聞こえ、体が動きません。
金縛りは何度かありますが、音まで聞こえたのは初めてです。腕も足も押さえつけられているかのように重く、首の向きすら変えられません。
その時、足を握る冷たいものを感じました。ゾっとしましたが、体が動かないのでどうしようもありません。
恐怖を感じながらも、その「何か」が足を伝い、腿を伝い、布団越しに胸の上まであがってくるのを感じました。目は閉じていましたが、頬に糸くずのようなものがあたります。
(髪の毛だったんでしょうか)胸が重苦しく、耐えられなかった私は思い切って目を開けました。人間て、本当に怖いときって声が出ないものなんですね。
「ぎゃー」とか「うわー」とかじゃなくて、「ソソソボボボッ」みたいな、変な空気音しか喉から出てきませんでした。乗ってたんです。
髪の長い黒い影が。逆光、というか、暗闇ですからシルエットしか判りませんでしたが。
目が開いて声を出すと、その「何か」は体制を変えることなく、馬乗りの姿勢のままで後ろにザザザザっと下がっていき、消えました。そのとたん体が動くようになり、恐怖のあまりガチガチ震える体で布団を爪先から頭まで被り、震えることしか出来ませんでした。
早く朝がこないか、と切実に願って布団の中でしばらく震えていると、今度は周りの布団がへこみ始めました。へこむというか、誰かの体重がのって沈むというか。
そのへこみが私の周りを回りだしました。誰かが、寝ている私の周りを回っているんです。
本当に絶叫しそうでした。早く去ってくれることを願いながら、生まれて初めて「ナムアミダブツ」を口にし、布団の中で震えていました。
結局寝ずに朝まで布団の中で震えること数時間。7時過ぎになって外が明るくなってきたのを布団の隙間から確認してようやく布団から出ることが出来ました。
明るくなって確認してから、またも仰天。昨夜掴まれたと思った足首に、内出血のような変な痣ができており、またも血の気がひきました。
その体験があってベッドでは寝ず、間反対の壁際で寝るようにして暫くのこと。霊を感じる、見えるという友人が立て続けに二人遊びにきたことがありました。
上の体験を笑い話半分で話したこともあり、部屋を見てくれるとのこと。部屋に入り間取りを見るなり、「あそこでしょ?」と指差されました。
確かに指しているのはベッドの足元。何で判ったの?と聞くと、「だって、霊道通ってるもん。
あっち側に墓地あるでしょ?」答える友人。確かに、指差した方角には墓地があります。
最初の一人ならともかく、後に来た友人も同じことを言います。二人は住んでいるところも、K県、O県と違い、全く面識もないはずなのですが。
後に来た友人に詳しく聞くと、霊道がベッドの角をかすめて通っているとのこと。私が見たものは、特に悪いものじゃなく、たまたま通っている道にあったものに興味を示しただけだろう、と友人は話してくれました。
害はないとは言ってくれましたが、それ以来そのアパートを出るまでそのベッドを使うことはありませんでした。