家に帰ってくるまでの道のりがいつも長かった。
親は共働きだから帰ればいつも一人だった。友達は塾。
習い事。他の友達と遊ぶ。
俺と遊んでくれることは滅多になかった。お母さんが帰ってきて、ようやく一人じゃなくなる。
お母さんの作る夕飯は、いつも何か、ぱさぱさしている。そしていつも、お父さんはお仕事で遅くなるから、先に寝てなさいね、と言う。
弟は1歳で死んだ。病気で。
俺だけすくすく育った。小学校に入る。
ランドセルを背負う。制服を着る。
運動会で走る。俺に何かをさせるたび、与えるたび、もう何もさせられない、与えられない弟のことが親には思い出されるらしいのだ。
でも俺は弟のことなんて思い出せない。弟が死んだとき、俺は3歳だ。
あってないような弟。影だ。
位牌に書かれた文字だ。俺にとっての弟はただそれだけだ。
影につきまとわれている両親は俺にはただの泣き虫に見えた。俺の服がしまってある、俺用のたんすの隣に、もう一つたんすがある。
「弟用」のたんす。大きくなっていく俺の、もう着られなくなった服が、「お下がり」としてそこに入っている。
「お下がり」が大きいものになるほどに、弟は成長した。家に帰ってくるまでの道のりが長いのは、帰りたくないからだ。
帰りたくないのは、両親がいないせいで、弟の影と二人きりになるからだ。居もしないのに、いる。
ある。一人でもいいから、公園で遊んでくればよかった。
今家を出たってもう遅い。弟はどうせついてくる。
幽霊でもいいから、もう一度会いたいねえ。何言ってるんだろう。
弟はいつもそばにいるじゃないか。死なんて問題にもせず、成長し続けてるじゃないか。
弟の名前を口にするたび、弟は新しく生まれてくるんだ。金縛り、という言葉を知らないうちから金縛りに遭っていた。
でも弟の仕業ではないだろう。あれはいないんだから。
もう何十回目かの金縛り、それも今までにないくらい苦しかったとき、俺に覆いかぶさる女の姿が見えた。これが金縛りのもとなんだ。
怖くない。すこしも。
だってそれは、目の前に、確かにいるんだから。女は少し俺に話を聞かせた。
この家は呪われているから、一人が生きるためにはもう一人が犠牲になって死ぬんだそうだ。笑った。
だから弟は死んだのか。どっちにせよどっちか片方が死んでたんだ。
怖いよ。弟が。
考えるとでてくるんだ。でてくると考えずにはいられないんだ。
いないものがいるんだ。俺だったかもしれないやつがいるんだ。
奴は俺だったかもしれないんだ。いないのに、死んだのに、いて、生かされてるんだ。
お父さんも