今うちに、一本のデジカムのテープがあります。
変なものが写っている、というわけではありませんが、撮影中が変だったことは確かです。「・・・・・いいよね?今は大丈夫だよね?」車の中でO君が話すところから映像はスタートします。
「今はちゃんと動いてるね?じゃぁさっきのはなんだったんだろう・・・」僕らはある年の春、男三人で四国八十八ヶ所巡りに行きました。お寺を順番に回っていくというあれです。
各寺ごとの映像を記録し、数日間でどれだけ周れるか挑戦してみよう、という旅行でした。それなりに順調に周ってはいたのですが、やはり日数が限られていたし、簡易式の撮影用照明も持ってきていたため、どうせなら暗くなってからも出来るだけ周ってやろう、という事になりました。
そして二日目の夜、円上寺金剛院というお寺の境内で、撮影担当のU君が新しいテープを装填し、撮影を始めたときのことでした。O君が境内の前に立ち、寺の説明を始めようとしたところで急にカメラから「ピッ・・・ピピピッ・・・」とあまり聞きなれない音が聞こえ、全く動かなくなってしまいました。
時間が時間、場所も場所ですから、三人ともあまりいい気分ではなかったのですが、なんとなくお化けだなんだという事を口にするのが嫌で、「故障かな・・・」「故障だよね・・・」と口々につぶやきながら、とりあえず一旦停めてある車に戻って、カメラの確認をしてみることにしました。車に乗り込んでもういちどカメラの電源を入れると、今度はすんなり動き出しました。
そこで、U君がさっきの映像を確認しようとしばらくカメラをいじっていたのですが、ぽつりと「っかしーなぁ・・・なんも写って無いわ」三人とも、暗闇の中に光る撮影中の赤ランプは確認していますし、撮影を始めてしばらくは確かにカメラは動いていたはずなのですが、何も記録されていませんでした。「故障だね・・・」「うん、故障だね・・・」”霊”の一言だけはどうしても言ってはいけない様な気がしていました。
きっと他の二人も同じ気持ちだったと思います。次に車中でカメラテストを行ってみると、今度は半ば青白い顔をしたO君が「・・・・・いいよね?今は大丈夫だよね?」と話すのを撮影することが出来ました。
「やっぱ故障だったね」「そうだね、故障だね」何故か妙に皆で”故障”という言葉を強調しつつ、今度は境内ではなく、寺の入り口で撮影しよう、という事になりました。入り口からなら車も見えますし、なにより真っ暗な境内へもう一度入る気になれませんでした。
門の前にO君が立ち、改めて撮影スタート、と思った矢先でした。パッと、突然目の前が真っ暗になりました。
一瞬のパニックの後、何が起こったか理解しました。O君を照らしていた撮影用照明の電源が、急に落ちたんです。
しばらくの沈黙の後、「バッ・・・バッテリーかな、切れたかな」O君が明らかに震えた声で言うと、私も「そうだね、バッテリーだね・・・今交換するわ・・・」と同じく震える声で答えつつ、手探りでカバンから予備バッテリーを取り出し、改めて照明のスイッチを入れると、今度は消えることなく点いてくれました。そうしてなんとか撮影を終え、逃げるように車に戻り、そのまま発進させました。
だんだんと寺を離れ、道が明るくなってくると、やっと緊張から開放され、会話も穏やかになっていました。しかしここでまた妙なことが起こりました。
春先の夜はまだ寒く、車のエアコンは暖房にしていたのですが、なぜか冷風しか出なくなってしまったのです。「故障だね・・・」「・・・・そうだね」もはやそう言い続けるしかありませんでした。
やっとのことで宿に戻り、気が進まないながらも、さっきの映像を確認してみました。確かにO君が写っています。
こちらを向いて、身振り手振りを入れながらなにかを説明しています。しかし、聞き取れません。
音声が殆ど入っておらず、たまにザッとかジッとかいう妙な雑音が入る程度です。そして映像の方も、デジカム特有のブロックノイズが大量に載り、とても見れたものではありませんでした。
「あー、もう絶対故障だよ。こりゃ明日からは写真だけになっちゃうな。
じゃ、もう遅いから寝よう。」無理矢理出した大声で促すO君に従い、その日はそのまま寝ることにしました。
そして翌日、予想通り、カメラはすっかり直っていました。全員が心の中で”やっぱりな”とつぶやいたはずです。
そのまま数日の行程を終え、すべてとは行かないまでもかなりの数のお寺を回って、我々は無事帰宅することが出来ました。それから数ヶ月が経ち、久しぶりに会ったU君と、この時の話になりました。
さすがに時間も経っていたので、笑い話として話していたのですが、途中からU君が急に神妙な顔つきになり、「実はさ、あんときの事であやまらなきゃいけない事があるんだ」と切り出してきました。なんのことかわからず、私が聞いていると、「あん時さ、カメラ止まったじゃん。
それでおかしーな、ってんで、車戻って確認したでしょ」「うん、なんにも写ってなかったんだよね」「それがさ・・・ごめん、ホントは写ってたんだわ」凍りつく私を前に、U君は語りだしました。「あん時さ、車ん中で確認したら、ちゃんとOが写ってたんだよ。
で、なんだ壊れて無いじゃん、て言おうとしたんだけど、よく見ると変なもんが写っててさ」「・・・・なに?」「”手”、なんだよ」「うっそ・・・どんなの?」「なんかOの足元にさ、白っぽい手だけが、まとわりつくみたいに動いててさ。カメラのモニタだしぼんやりしてるんだけど、明らかに手なんだよ。
でさ、俺、これは絶対ヤバい、と思ってさ。すぐその場で消去して、なんも写ってなかった、って言っちゃったの」私はただ呆然と聞き入るしかありませんでした。
「Oって特にこういうの気にするしさ。せっかく四国まで言ったのに、なんか雰囲気悪くなるのも嫌だったし、今まで黙ってたんだよ。
ごめん。あ、あとこの事Oには黙っとこうな。
あいつマジでこういうのダメだから」というわけで、O君はこの事を知りません。映像を見たのもU君のみで、私に真相を知る方法は無いのですが、私の中の怖い話ランキングでは最上位です。