私の身に起きた不思議な話しを聞いて下さい。
大学の先輩の事なのですが、付合っていた彼女が交通事故にあった。即死だったそうです。
後日、傷心している先輩を励ますつもりもあり、先輩のアパートに遊びに行ったのです。今だガックリと肩を落す先輩はポツリと、「俺がバイトじゃなかったら…留守にしていなきゃ」と、留守番電話の再生ボタンを押した。
『もしもし、今からそっちに行くね』電話から再生されたのは生前の彼女の明るい声。「これが、彼女の最後の声なんだ…俺の部屋に来る途中に…俺さえ電話に出ていれば、迎えにいけば、もしかしたら…」「たとえ先輩が部屋にいても、何も変わらなかったかもしれないじゃないですか。
やっぱ彼女は…」私は口をつぐんだ。何を言っても、今の先輩には慰めの言葉が見つからなかったから。
一月後、想いを振払う様に先輩はアパートからの引越しを決めました。私は、先輩の引越しの手伝いにいったのです。
手際の悪い私達は、アパートの荷造りが一段落する頃には、日も傾きかけていました。「悪いな、お前に荷造りまでさせてしまって」「いいんですよ、もうすぐ片付きますね」と、その時、部屋の片隅に置かれていた留守番電話から、『もしもし、今からそっちに行くね』…かっ、彼女の声、まさか…ギョとした私ですが、今だ彼女を忘れられない先輩はボイスメモリを消さずに、何かの拍子に再生されただけだ、と自分を納得させたのです。
しかし、何もこんな時にタイミングが悪いと思い先輩に目をやると。「悪い…」「エッ」「悪いな、今日はありがと、もういいよ、帰ってくれないか…」「帰ってって、トラックも借りてきてるし、今日中に出なくちゃまずいじゃないですか」「いや、俺は、もうちょっと、ここに残るから、あとは大丈夫だから」ただならぬ先輩の気配に、ただ従うしかなく、私は部屋を出ました。
その日以来先輩が行方不明になったのです。アパートの部屋はあの時の荷造り途中のままで。
私は、あの時帰ってしまった自分を後悔しました。時が経ったとはいえ、傷心しきった先輩は自殺したかもしれないじゃないか…先輩の御両親も警察に捜索願いを出し、私は、警察に出向き、あの日の事を事細かく説明をしました。
記憶をたどりながら。と、一つの何気ない行動の記憶が蘇り、私は全身が鳥肌立つったのです。
あの時、引越しの荷造りをする時、私は早々に留守番電話の回線だけ残し電源コードはコンセントから抜いた…電話が掛かりこそすれ、留守番電話が再生されるはずがないじゃないか…『もしもし、今からそっちに行くね』あの時の彼女の声は、留守番電話の再生音なんかじゃなかった。なぜ気が付かなかった。
そして、先輩は知っていたんだ、あの時、彼女からのメッセージである事を…私は警察には、そんな事は言えませんでした。私を帰した後、じっと彼女を待っていた先輩。
彼女は来たのか…彼女は先輩を連れていったのか…どこへこれが、私の経験した不思議な話しです。この事を思い出すにつれ、恐さより寂しさを想います。
先輩と彼女は幸せに一緒にいるのでしょう…どこかで…