あれは俺が高房のころ、友人からあそこは出るよと聞いて行って見た公園の話。
その公園は、バス釣りで有名な印旛沼の畔にある、小高い丘の上に造られていた。何でもここにはかつて印旛城という城があったという。
今はもう城らしきものは残っていない。とうの昔に攻め落とされたからだ。
その際一族郎党悉く殺されたんだと。其の所為か、公園内の空掘り跡に掛かる橋の下には、お姫様の亡霊が現れるという、ごくありふれた話だった。
それでは、と実際に行って見た。但し、夜行くのは当時マウンテンバイクしか移動手段のない高房には難しかった為、日中に行くことにした。
其の日はとても清清しい日で、およそ霊体験をするには似つかわしくない日だった。現地についても、子供たちはボールを追いかけ、若いカップルは木陰で愛をささやき、年寄りどもは草刈をしている。
不穏な気配なんて微塵も感じない、穏やかな昼下がりだった。そんな中、うわさの現場にたどり着く。
話では橋の下に出るとの事だったが、降りるのがめんどくさいので、mtbで橋を渡った向こう側の上から下を覗き込む。当然のごとく何事も起こらない。
到って当たり前の光景がそこにはあった。端から期待はしていなかったので、其の日は帰ることにした。
来た道を戻り、橋を渡ると、途中でmtbのペダルが動かなくなった。こんなところで壊れては堪らない。
何せそこから自宅までは15キロ程も距離がある。慌ててmtbから飛びおり、故障箇所を探す。
漕げないと言うことはギアやチェーンなどの変速系のトラブルだろうと、後輪のギア周りを見ると、其処には大量の黒い物が纏わり付いていた・・・髪の毛である。長い髪の毛が大量に絡みついた事によってペダルが焦げなくなったのである。
瞬間、脳裏によぎったのは夜な夜な現れるというお姫様の姿だ。能天気にも物見遊山気分で現れた無礼者に対する仕打ちとしてこのような現象を起こしたのだろうか?それまでごくごく平和だった周囲の景色はとたんに色褪せ、まるで自分だけが異邦人にでもなってしまったかのような疎外感に襲われる。
必死になって髪の毛を毟り取り、半泣きでmtbに飛び乗り、渾身の力で漕ぎまくったあの日の午後の事を俺は忘れない。