Aの住んでいる団地は近所でも有名な飛び下りの名所だ。
実際にAは自殺の跡の道路を見て、硬いアスファルトがへこんでいる事に驚いたそうだ。あまりにも自殺が絶えないため、最近屋上に入れないようにされたらしく、ここ最近は自殺がなかった。
これはそんな団地でAが体験した話である。ある日Aは友達と飲みに行き、殆ど夜明けまえに団地に帰って来た。
ほろ酔いの気分でエレベーターを呼ぶ、Aの部屋は屋上の一つ下の階だ。…エレベーターにのった瞬間Aはうすら寒いような感覚に襲われたという。
しかし酔いのせいだと思ってAはエレベーターに乗りこむ。アが閉まり、軋んだ様な音をたててエレベーターはゆっくり上昇しだした。
…うすら寒い感覚がだんだん強くなって来る気がする。絡み付くような悪寒に絶えながらAは早くエレベーターが着く事を祈る。
…しかしゆっくり、ゆっくりとエレベーターは進む。プレッシャーに耐え兼ねてAが次の階のボタンを押した途端…「ドンッ!!!!」鈍く湿った音がしてエレベーターが真っ暗になった。
動きも停止している。Aはパニックになりかけたがすぐに予備電源に切り替わり、エレベーターの中が明るくなった。
Aはほっとしながら、絡み付く悪寒が全く別物になっている事に気付く。…悪意、とでも形容すべきなのだろうか、エレベーターはゆっくりと上昇を再開する。
Aが押した階を無視して…。粘着質な視線が気になってAは左右を見回す、何もない。
勇気をだして振り替える、何もない。…じゃあどこから…?そう考えた瞬間Aは理解する。
あの鈍く湿った音、屋上を封鎖された自殺志願者は次にどこへ行くか。…Aはゆっくりと、震えながら天井を見上げる。
脳で必死に嫌だと思っているのに首が動く。…強化ガラスの向こうにあったのはトマトの様に潰れた男の顔面だった。
四肢は奇妙にねじ曲がり、両目だけがぎらぎらと恨めしそうな視線を投げ掛けている。…次の瞬間Aは気を失っていた。
どれぐらいの時間がたったのだろうか、Aは屋上で目を覚ます。誰もいないエレベーターからAを引きずり下ろして封鎖されているはずの屋上に連れて行ったのはだれだったのか?…Aは早々に団地を引き払った…。