私の今までの中で、唯一不可思議に恐ろしかった話です。
小学校中高学年時代私は、かなりの臆病者でした。というのも、そもそも家の都合で父方の実家へ戻りかなりのど田舎に引っ越した事が原因で、学校は古めかしい木造二階建て、教室は無駄に広いわりに生徒数は然程多くないという状況。
今となっては笑い話ですが、実家の旧家屋すら私には広くて怖い場所でした。元々居たところがわりと都会的だったというか、山に囲まれた環境への生活の変化だけでも子供心に怖かったですし、同年の子が多くないため限られた遊び相手の一人が、とてもホラー好きで、私を怖がらせて愉しむような子で、毎日のように怖い話やらをしてきていたのも原因です。
そんな、小学校4年生の頃の夏の話です。夏休み目前にした其の日、私は家に帰るなり、夏の宿題である観察日記のための日記帳を学校に置き忘れてしまった事に気付きました。
しかし、前述したように学校へ一人で行く事が怖かったため、二つ上で当時6年生だった姉に応援を頼み、取りに行く事にしました。今思えば、職員室に行くなりして先生を頼ってもよかったのですが、当時怖がりで引っ込み思案になってしまっていた私にとって、自分の事をよくわかって守ってくれているような存在の姉しか助けてはくれないという思い込みがあり、それに加えて感情をあまり表出さないマイペースな姉が大好きでした。
しかし、そんな姉に手を繋いでもらっていても、学校の門に着くなり足がすくむようだったように思います。いつもなら無駄に広いグラウンドで遊ぶ子供の数人も居るのに、その時には何故か誰も居らず、蝉の声が異様に大きく聞こえました。
けれど、日記帳を持ち帰らないわけにもいかず、姉が手を引いてくれる後を、重い足取りでついて歩きました。私の教室は二階の階段すぐで、あまり距離もなくすぐにつきました。
そうして自分の机を探すのですが、日記帳が無いのです。探す間もずっと手を繋いだ侭で居てもらった私は半泣きで、姉も一緒に探してくれたのですがどうしても見つからない。
もしかすると先生が見つけて持っているのかもしれないと考え、一度職員室に行ってみようと姉に言われ、教室の扉に向いた時でした。私は思わず、あ!と声をあげました。
日記帳が、席からは少し遠い開いた侭の扉のところにありました。私は思わず安堵して駆け寄ろうとしたのですが、姉が繋いだ手を引き留めて自分が前に出て、扉の付近を窺っているので、そこで、私は初めておかしいという事に気付きました。
日記帳は、大体床上30センチ程のところに、浮いて、いたのです。扉に挟まっているわけでもないそれに、私は急に怖くなり、お姉ちゃん、と姉を呼ぼうとしましたが声になりません。
姉の方を向こうとして、どうしても動けない事に気付きました。当時金縛りという現象を知らなかったのですが、それに近いものだったかもしれません。
目だけは動くのですが、姉とほぼ並んでいたので様子は見えませんでした。不意に、日記帳が更に浮きました。
目で追うと、それがゆっくりと、扉の開いた空間に迫り出してくる。初め半分程扉に隠れていたのが、全て姿を現した時に初めて、白い手が日記帳を掴んでいるのが見えました。
続いて黒い髪が、赤いスカートが、白い靴が、出てくる。今でも其の姿をはっきりと思い出せます、線が細く、真っ青な顔をした髪の長い女性が、日記帳を持っていました。
何故か表情はよくわからなかったのですが、とりあえず、ゆっくりと、其の女性が教室に入ってくる。足を引き摺る感じで此方へ向かってくる事に、私はパニックでした。
そうしてやがて、私よりも少しだけ前にいた姉へと、表情を近付けていくのに、私は殺される!と思い、ぎゅっと目を瞑りました。其の瞬間、繋いでいた手がぎゅっと握り締められ、お姉ちゃんは動けるんだ!と驚いた事を、そして其の後の事をはっきりと覚えています。
「気持ち悪い顔近づけんな。」はっきりとした姉の言葉にまた驚いて目を開いて其方を向いて、初めて姉の本気でキレた顔を見ました。
と、一歩遅れて動ける事に気付き、更に遅まきに、女性が居なくなっている事に気付きました。暫く何が起こったかわからずに呆然としている私に、いつのまにか日記帳を持った姉が微笑みかけて、帰ろう、と言いました。
まぁ、其の笑顔が一番怖かったですが。其の学校に何か曰くがあったのかどうかは解りません。
当時はそんな事知りたくもなかったし、調べる方法も知らず、大体にして、誰にも其の事を話せませんでした。ただ、後から姉にちょっとだけ其の話をした時には、姉は、笑って、怖かったよねぇ、とだけ言いました。
気持ち悪い顔、と形容したのはどんな顔だったのかと、訊ねてもみましたが、特にどうだったとは教えてくれませんでした。以来、不可思議な体験はしていません。