私はバーでバーテンドレス(バーテンダーの女版です)をしてます。
スタッフはオーナーと私だけで、ビルの二階にある小さなバーです。店の入り口から一番近いカウンターの席に、時々、ふと人の気配を感じる事があり「あ、お客様かな?」とカウンターから身を乗り出し気味に見ても人は居ません。
そういう事が、店に入ったばかりの頃は気になって仕方なかったのですが、一年もして慣れてくると気にも留まらなくなりました。だから先日も常連のお客様が、結構な量のお酒を召し上がった後例の一番入り口寄りのカウンターに座って何もない壁に向かって突然話し始めた時ドキっとしました。
それが相槌を打ったりする会話形式のリズムなんです。最初は、「酔っ払ってるからなぁ…」と思って面白半分で見ていたのですが、会話の内容が妙に現実的で、次第に気味が悪くなり、オーナーも「○○さん、(お客様)やめてくださいよ~(ニガワラ)」と言いました。
お客様は「マスター、この子は苦労しとるわ」「いくつなの?」「薄着やね」「一緒には行けんなぁ、まだ子供小さいし」みたいな会話をしていて、会話の端々から水商売をしている外国人の非常に若い女の子が、そこに居るという事が聞き取れました。ただ単に酔いが回ってるだけか、担がれてるのか本当に何か見えてるのか分からなくなって、そのお客様から離れてました。
お客様が帰ってから、オーナーは、「居抜き(店舗の中身そのままの状態)で買った物件だからそんな事もあり得るんかもしれん」と憂鬱そうな顔で言ってました。その日から5日後に、そのお客様が心筋梗塞で亡くなった事をそのお客様と同じ会社の同僚のお客様が来店して聞きました。
正直、鳥肌が立ちました。かなり懇意に通ってくださっていたお客様でした。
「一緒には行けんなぁ」って言っていたお客様の会話の前後を嫌な方に考えてしまいます。もしかしたら、世の中には気付いてはいけない物があるのかもしれないと思いました。
私もオーナーも、今はあのカウンターに気配を感じても見ないようにあの席には、なるべくお客様を座らせないようにしていますが、オーナーも早く移転したいと言っています。