関東某県の田舎町での出来事。
会社からの帰路、俺はいつも決まった農道を使っていた。畑がしばらく続き、密集した民家が立ち並び、また畑とがあり、その道を抜けていくと、国道につながる大通りに出る。
ただ、夜の農道は照明も少ないので、少々不気味。無論明るい他のルートもあるのだが、農道を通り抜けたほうが断然近道なので、あえてその道を使っていた。
コンビニに寄る用事などがない限りは。その日も仕事を終えて、俺は農道を走っていた。
時刻は夜の十時半頃。大概の農道に言える事だが、その近道の難点は、道幅が狭い事。
畑と畑の間の土手に、道路を敷いた感じで、ガードレールも民家付近にしか無い。大型車は進入禁止だが、4トン車レベルの対向車が来たときには、結構難儀する狭さだ。
だから近道ではあるが、通るときはせいぜい40キロ位で走っていた。住宅地から畑に差し掛かった時、車の右側から声が聞こえた。
「待って」若い女というより、女の子のような声。窓は閉め切っていたのにもかかわらず、はっきり聞こえた。
びっくりしてミラー越しに右後ろを見るが、それらしい人は見えない。前後に車も見えなかったので、俺は減速して車を停めた。
振り返ってみる。でも、誰も居ない。
何となく薄気味悪くなって俺は車を走りださせた。するとまた声が。
「待って、待って」更に足音まで聞こえた。パタパタと走る音。
後ろから聞こえてくる。バックミラーを見ると、子供の姿が見えた。
ちょうど数少ない街灯の脇を通った辺りだったので、それを判別できた。赤いゆったりした服、パーカーかトレーナーかを着ていて、長い髪が揺れていた。
女の子のようだった。必死に叫びながら車を追い掛けてくる。
どうしたのだろうと車を停めようとして、俺は固まった。車は40キロで走っているのに、少女はぴったりと付いてきていた。
加速した。ちょうど民家の辺りは道がくねっているので、危ないとは思ったが、それどころではなかった。
近づいてきていた。ミラーを見ると、すぐ後ろに居た。
赤い服だと思っていたが、そうではなかった。元は白かったのだろう。
女の子の顔は血まみれで、その血が服にしみ込んでいた。パーカーの胸から上辺りは真っ赤だった。
何キロ出したか覚えていないが、相当危険な運転をしていたと思う。女の子は息も切らさずに、ぴったり付いてくる。
「待って、待って」そればかり言いながら。早く大通りに。
人が居る場所に出られれば。そしてあと一息で大通りにでるといったところで、急に後ろの気配が消えた。
俺は一気に最後の上り坂を上った。信号は赤で、目の前には車がバンバン走っていた。
急ブレーキを踏んで停まった。停止線を大きくはみだしたが、幸い事故は起こさなかった。
はあ、と安心した瞬間。バタンと助手席のドアが閉まった。
開いた時の音は聞こえなかったのに。助手席を見ても、後部座席を見ても誰も居なかった。
ただ、車の中が異様に寒くなっていた。怖さを紛らわす為に、携帯で彼女に電話をした。
彼女が出た。俺は少し安心して、会話を始めた。
彼女がかなりの恐がりなので、その出来事には触れずに、できるだけ馬鹿な話をした。話の途中で雑音が入った。
彼女では無い、女の子の声が聞こえた。何を言っているのかは分からなかったが、ぶつぶつと声は続いた。
「何か音悪いね」と彼女が言った瞬間、すごい笑い声が聞こえた。女の子の声で。
その後どう帰宅したかは覚えていない。その後は女の子らしきものも見ていない。
車は少しした後、あちこちが故障したので廃車。俺は今のところ健康。