もうすぐ六歳になる娘を保育園に迎えに行った。
家に帰る車の中で娘に聞かれた。「ねぇ、おばけとかゆうれいとか本当にいないの?」「いないよ。
おばけなんていない。作り話か寝ぼけた人の見間違いだよ。
」といつも通りに答えた。「でもね、おうちでみたよ」と娘。
「いつ?どこで?」「昨日の夜、ごはん食べるお部屋の、ABCの紙(アルファベットの表)が貼ってある壁のとこで。」「どんなおばけだったの?」「白い煙みたいな丸い形で、こわーい顔がついてた。
」「夢じゃなくて?」「夢じゃないもん!」「・・・ふーん。きっと寝ぼけて見間違えたんだよ。
」娘にそう言い聞かせながらもちょっと腕に鳥肌が立っていた。やっぱあれは見間違いじゃなかったんだなあ。
六年前の八月。出産を翌月に控え、カミさんは実家に戻っていた。
3DKのアパートには俺一人。そんなある日の深夜、昨日娘が見たというお化けを同じ場所で俺も見ていた。
大きめのビーチボール大のふわふわした白い固まりに、黒くぽっかりと空いた目と鼻の穴、そして口がついていた。幽霊など信じていないし、万が一目の前に現れたとしてもそんなあやふやなモノに負けるわけがないというのが俺の持論だった。
というわけで、そいつの存在に気がついた数秒後には跳び蹴りをくらわしていた。ぐにゃりとした感触があったと思うがよく憶えていない。
それよりもその後ろにあった壁に大穴をあけてしまった衝撃の方が大きかった。お化けなんてそっちのけで穴をどうにか塞ごうと深夜にあれこれやったのを憶えている。
現在、その大穴の跡を隠すためにアルファベットの表を貼っている。